You are the Rainbow♬

 

知り合いに新しい家族が増えるという嬉しい知らせが届きました。

4人目の赤ちゃんがママのおなかに宿ったそうです。

その知らせと時を同じくして、綺麗な虹の写真を見せてくれた人がいます。

沖縄の基地のフェンスの向こう側と、こちら側を結ぶ「虹」です。

 

o0800059913707020514撮影:宇宙の子マサ

 

たくさんの「対立」する心を、まるで溶かすかのような美しい「虹」。
過去の「悲しみ」や「怒り」をとき放ち、未来への「希望」を見せてくれる「虹」。

 

ああ、虹は、よく「希望の架け橋」というけれど、
きっと太古の昔から「虹」は、人の心の「悲しみ」を「希望」に変えるものとして愛されて来たのだなと、この写真を見ながら想いました。

 

「過去」の悲しみと「未来」の希望をつなぐ架け橋。

ある意味、虹は「過去と未来」という「時間」をつなぐ架け橋とも言えますよね。

 

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そもそも「虹」は、「太陽からの光」と「地球にある空気」が結ばれてできた

「宇宙からの贈り物」。「次元」をつなぐ架け橋です。

 

つまり、虹は、過去や未来という「時間」や、宇宙の「次元」さえも超える

「時空に架かる橋」なんだな〜と、赤ちゃんの知らせとともに届いた「虹」の写真を前に、

あれこれ想いを馳せていました。(Over The Rainbow♬)

 

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そうしたら、突然、気がついたのです♪

 

 

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「赤ちゃん」もずっと遥か昔から綿々と繫がれてきたDNAによって運ばれた「過去」からの「贈り物」なんだと言うことに。

 

「赤ちゃん」は成長し、さらに未来へと「いのち」をつないでいく。

まさに、「過去」と「未来」を結ぶ「架け橋」なんですよね♪♪

 

 

旅の友

 

 

ということは、「元 赤ちゃん 笑」である私たち全員が、

「過去」からの「贈り物」であり、「未来」への「贈り物」。

「過去」と「未来」を結ぶ「希望の架け橋」ということになります♪♪♪

 

 

 

前に、太平洋に浮かぶ小さな島々に撮影で訪れていた時のこと、

マジュロ(マーシャル諸島)という島で素敵なお話を聞きました。

 

11.15 ◎の海

 

 

日本語では「こんにちは」、英語では「How are you?」など、

人が出会った時にかけあう言葉を、マジュロでは「lakwe」と言うのですが、

その意味はなんと「You are the Rainbow!」なんだそうです!!!

 

なんて、素敵なんでしょう。

 

「あなたは虹のようだね!」

道ですれ違う人みんなにこう挨拶されたら、幸せな気持ちでいっぱいになりますよね。

 

 

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私たち自身が「虹の架け橋」なんですから、さあ、希望を持って、
「未来」に美しい橋が届くよう、みんなで希望の物語をつむいでいきましょう。

 

 

<マーシャル諸島>
太平洋に浮かぶマーシャル諸島は「真珠の首飾り」とも呼ばれ、1000以上もある小さな環礁の島々がいくつも連なっています。

環礁なので海面とほぼ同じ高さの平らな陸地しかなく、温暖化などで海の水位があがれば
真っ先に沈んでしまうと言われています。
そして、その中に、長く核実験場だった「ビキニ環礁」があり、

実験から60年がたちますが、まだ住民は島に帰れていません。

 

11.15 てんてん島

 

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

 

さて、「宇宙の子マサの 奇跡で世界つなぐ冒険」のepisdoe.2 、

希望の架け橋になるべく、いよいよマサ君が太平洋へと旅立つお話です。

 

リリースまで、しばらくお待ちください。

 

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文:KISANA LINES 映像作家

 

写真:宇宙の子マサ*森のカメラマン

 

CATEGORY: お知らせ

消える絶望

 

先月、episdoe.1をリリースした「宇宙の子マサの この星の奇跡つなぐ冒険」という物語の

episdoe.2を引き続き制作中の日々、「絶望と希望」を繰り返し考えます。

 

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物語の主人公である「宇宙の子マサ」は、中国の内モンゴルの沙漠に木を植えることで、

また、沖縄や世界中のビーチに流れ着く漂流ゴミを毎日拾うことで、

「絶望」の中に隠れている「希望の種」を発見し、それを育てて、

いつかは世界中の人々を感動させるぐらいに美しい「奇跡の花」を咲かせようと、

自分が主人公の物語を自ら発信し続けています。

 

 

この奇跡の星つなぐ冒険ep1 EEDMAmasa

 

 

そんな「宇宙の子マサ」の物語を撮影するために同行している私たち撮影班も必然的に、
「絶望的」に見える場所にマサ君といっしょに足を運ぶことになります。

 

そして、気づいたことがあるのです。

 

「絶望」という言葉は、実際に起こっている状況や出来事を現すものではなく、
「望みを絶つ」「望みを失う」という、わたしたち自身の心の中の問題をあらわす言葉

なんだなということ。

つまり、「絶望」とは、「絶望的に見える」という人々の「おそれ」の感情から

ひきおこされるもので、「絶望的」なのは、実は「人の心」なんですね。

 

この奇跡の星つなぐ冒険ep1 EEDMAmasa

 

たとえば、中国の内モンゴルの沙漠での植林。
ニュースで中国から飛来すると言われ問題視されていたPM2.5は、この沙漠の砂、「黄沙」にくっついて日本まで飛んで来ると言われています。

真偽はともかく、その噂の「黄沙」の源ともいえる沙漠に行って木を植えるシーンを撮影するのは普通に考えても少し足のすくむような想いがする上に、われわれ撮影班にとっては、細かい砂が機材に入り込むことへの不安がまず頭をよぎります。

 

ですが、その不安を乗り越え、実際に現場に行ってみると、

そんな「おそれ」など一瞬でふっとぶほどの「喜び」と「充実感」を参加者の皆さんと共有することになったのです。

 

確かに、参加者の方も沙をすいこまないようにマスクをしたり、

我々もカメラにシートをつけて防がなくていけないほどの沙嵐がふきあれていましたし、

今も沙漠はどんどん広がっていて、もう黄河ぎりぎりまで迫っている現状も目の当たりに

しました。近い将来、黄河の向こうにある町を沙塵がおおってしまうぐらいの勢いで沙漠化は進んでいます。

 

確かにそこにいない人がこの話を聞いたり、写真や映像でその状況を見たら、さぞかし

絶望的に思えるでしょう。

 

この奇跡の星つなぐ冒険w

 

 

 

でも、その沙漠で実際に植林をした参加者たちは誰もそこで「絶望」を感じませんでした。

なんだか説明のつかない大きな喜びに包まれ、みんな笑顔です。

この喜びに突き動かされるように、もう何度も何年も、この植林活動に参加している人たちもいました。
そう、みんなが見ていたものは、今、自分たちが植えている木が元気に育つという未来への「希望」のみだったのです。

 

 

この奇跡の星つなぐ冒険MA

 

 

 

この奇跡の星つなぐ冒険

 

 

 

それは、ちょっと人生観を変えるぐらいの体験でした。

 

 

「絶望」に見えていた場所に実際に身をおいてみると、

絶望が消える」体験です。

 

 

現象を外側から見ていたことによる「おそれ」がなくなると、
現状や問題点をあるがままに観察することができます。

 

そして、その解決につながるアクションを一つ起こすことで

 

「絶望」は消えます。

 

自分自身の体験として確信しました。

「絶、絶望」ですね 笑

 

 

 

信じられないぐらいの量のゴミが漂う海を前にした時も同じでした。

 

マサ2

 

 

入るのもためらうほどのゴミだらけの海の中で、マサ君が「ゴミを拾う」というアクションを始めたとたんに、

 

「絶望」が、「綺麗になっていく」という「希望」に変わるのです。

 

一つゴミを拾うごとに、一つづつ希望も増えていきます。

 

必要なのは「絶望」の中に「希望の光」を見いだす「心の目」と、

行動を起こすための、ほんの少しの「勇気」です。

 

 

もし、今、この世界に「絶望」を感じている人がいたら、
自分の回りにある状況に「絶望」しかけている人がいたら、
まずは、自分の中にある「おそれ」をいったん手放してみてください。
その上で、自分がわくわくできる明るい方向に一歩だけでいいので
実際に動いてみませんか。
何か一つでいいので、いつもと違う、自分の心が望む何かを始めてみてください。

 

その一歩から、「物語」は生まれます。

 

誰もが自分の人生という物語の主人公。

毎瞬、毎瞬、自分自身で「自分の人生」という物語を作っているのです。

 

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山あり谷あり、時には絶望しても、その先には必ず「希望」があります。
人は「絶望」の中でこそ「希望」を持てるのです。

「絶望」を「希望」にかえていく物語の方が、きっと感動的になるはずです。

 

そして、是非、自分だけのオリジナルストーリーを何世代か先の子ども達に届けるつもりで

人生を楽しんでみてください。

 

なぜなら、私たち一人一人が作る物語のオーディエンス(読者)は、

「未来の子どもたち」だからです。

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私たちが作る物語の向こうに未来の現実があり、

未来のこどもたちがわれわれの「物語」の続きを作っていくのです。

 

 

 

こうして、みんなが未来のこどもたちに感動してもらえる物語を作っていけば、

きっと、世界は美しく心地いい場所であり続けるに違いありません。

 

 

 

タイトル ハートの中のくじら

 

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

「宇宙の子マサの この星の奇跡つなぐ冒険」episdoe.1 希望の種

英語バージョンをアップしました。

世界中に希望の輪が広がりますように。

 

 

 

文*KISANA LINES映像作家

写真*森のカメラマン

イラスト*Fuuyanm

CATEGORY: お知らせ

希望の種

 

KISANA LINESも、3歳になりました。

 
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仲間に助けてもらいながら

2年以上にわたる難産のあと、うまれてきてくれた映像図書館。

3年前をなつかしく思い出します。

 

この3年間、たくさんの「物語の種」との出会いがありました。

その「種」に「感謝」や「愛情」という水を注ぎながら、

大切に育むように物語を紬ぎました。

中には、まだ、土の下で芽を出すのを待っている種たちもいます。

 

KISANA LINESのすべての映像図書はどれも未完成です。

なぜなら、物語の種(被写体)が今もその「物語」の中を生き続けているからです。

 

 

「種」の中に内包されているDNAコード名は「希望」です。

このDNAコードは成長とともに名前を変えます。

 

「希望」という「種」から、「勇気」という「芽」が出て、「感動」の「花」を咲かせ、

「喜び」の「実」を結び、そして、また「希望」という「種」が生まれます。

 

こうして、「物語」はエンドレスに続き、

いつか、7世代先まで届くでしょう。

 

これからも、世界中でキラキラと光っている「種」を探しに旅を続け、

みなさんと一緒に「物語」を育て、未来へ届けたいと思います。

 

今まで一緒にKISANA LINES を育てていただいていることに感謝を込めて。

これからも、どうそ、よろしくお願いします。

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

ちょうど、3歳の誕生日にあたる先月、5月5日のこどもの日に

「宇宙の子マサの この星の奇跡つなぐ冒険」という物語をリリースしました。

episdoe.1は「希望の種」です。

 

生きることに失望していた青年が

小さい頃からの夢「地球のためになにかしたい」という思いに導かれるように

沙漠に緑を増やしたり、海を綺麗にしたりしながら、世界を旅します。

「希望」の種をひろったり、みんなとシェアしたりしながら、

世界のあちこちで「感動」の花を咲かせる「宇宙の子マサ」のわくわく冒険物語。

こちらもKISANA LINESのネバーエンディングストーリーとなる予定です。

第2巻は7月頃にリリースする予定です。

お楽しみに。

 

 

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文:KISANA LINES映像作家

写真:映像図書館 司書*写真家

 

 

 

 

 

 

CATEGORY: お知らせ

いのち

 

ちょうど一ヶ月前に書きましたが、

気持ちの整理がつかなくて、今頃になってしまいました。

 

 

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2016.3.11

 

一昨日と昨日は、いつも通り平安にすぎて来た。

だから、明日も同じような日が続くだろう。

 

そう思いながら、多くの人は日々を過ごしています。

 

でも、2011年3月10日と3月11日では、

天地がさかさまに感じるぐらいの変化があり、

さまざまな経験や思いをされた方々がたくさんいました。

 

それでも、人は「変化」をなんとか受け入れようとします。

けなげに、笑って生きようとします。

 

それが、生きとし生けるものすべての「いのち」の宿命なのだと思います。

 

「生きる」ことは、自らの細胞の振動を宇宙にあたえること。

この世から肉体がなくなっても、それまであった「振動」はなくなりません。

 

「振動」は回りに伝わり、永遠に振動を続けます。

 

 

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ある研究をされていた、私にとってはとても大事な先生、

たぶん、「地球」にとってはさらに「大切」だった方が、先日、なくなりました。

 

「地球が必要としてる限り、地球は自分を殺さない。

だから、死にたくっても死ねないんだよ。」

 

と、口癖のように笑いながらいつも話されていました。

何度も倒れられていたものの、最近はとてもお元気で、

白髪がつやつやした黒髪に変わり、回りの人を驚かしている方でした。

 

たくさんの研究は、「水」や「空気」を奇麗にし、

「地球」を「美しいエネルギー」で満たすことを目的としていました。

 

目には見えない「エネルギー」を「かたち」としてみんなに見せることに

人生を尽くされていた先生。

目に見えるもの全てに宿る「振動」が生み出すエネルギーのことを

伝えておられました。

そして、人の「意識」こそが一番大きな「振動」であり、

だからこそ、どういう「意識」を持つのかがとても重要なのだと、

宇宙の真理を説いておられました。

 

肉体としての先生に会うことはもうできませんが、

先生ご自身の「いのち」から生まれた「振動」はいつまでも地球に響き、

そして、先生の「意識」から生まれた「振動」は

永遠に美しいエネルギーを生み出し続けていくことでしょう。

 

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あなたがなくした大切な人や生き物、物、思い出にいたるまで

すべての振動は、まだここに響いています。

 

回りのすべてのものに。

そして、あなたの中にも。

 

忙しい頭の中を静かにして、時々はその振動に耳をかたむけたいなと思います。

 

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文:KISANA LINES 映像作家

写真:森のカメラマン

CATEGORY: お知らせ

オオクジャクサン

 

明日から3月。

大地の下で春の訪れを待っていた虫や草花がそろそろ大地に姿をあらわす頃です。

 

日本のファーブル、クマチカさんの愛称で親しまれた熊田千佳慕さん。

98歳でなくなるまで、生涯を通して昆虫の細密画を描き続けられた方で、

虫たちに向けられるまなざしの愛の深さには圧倒されます。

 

 

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そのクマチカさんが書かれた「私は虫である」という本の中に

「オオクジャクサン」というタイトルの文章があります。

 

オオクジャクサンとは蛾の一種で、アーモンドの根元に産み付けられた卵から生まれ、

幼虫から成虫になるまでアーモンドの葉を食べて育つのですが、

人間からは害虫と呼ばれ駆除されてしまいます。

クマチカさんは、オオクジャクサンの目線になってその悲哀を表します。

 

「神さまの教え通りにアーモンドの葉を食べているだけなのに。。。

神様が決められたものだけを食べているのに。。。」

 

これを読んで、オオクジャクサンに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

オオクジャクサンがアーモンドの葉を食べるのは、オオクジャクサン自身が選んだわけじゃなく、自然の法則としてそうなっているのに。しかも、オオクジャクサンはアーモンドの葉しか食べられないのに。食べたからといって殺されるなんてあまりに不条理だなあと。

 

 

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食物連鎖の中にいる生き物はすべて、自然の法則によって決められたものを食べるように

生まれついています。それで地球の循環が保たれるようになっているのですね。

たとえば鳥は自分の好みの木の実を食べ、その木はその鳥に種子を運んでもらい、

鳥の行動範囲で木は増え広がっていきます。お互いに強力しあって命をつなぎ、どちらかの数が増えすぎないようにバランスを保っています。

 

 

地球に必要のない命などなく、

せんぶの命で地球という一つの「生命体」を構成しているのです。

 

 

休憩

 

 

それなのに、人間はずかずかとその完全なる循環の中に割り込み、乱し、

あげくの果てに食べるためでなくとも、自分勝手に他の生き物の命を奪います。

 

 

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美しい海の命の環をこわし、貪欲に魚をとる人間。

豊かな森林を切り開いて牧場を作り、牛を飼う人間。

生き物に化学薬品を加え腐らない食品を大量に作り、大量に廃棄する人間。

 

この傍若無人な人間の行いを、自然の法則がいつまで許してくれるのだろう。。。と
心から心配になります。

 

 

 

ただ、私たちは可能性も持っています。

 

最近、「Bye Bye Plastick Bags」という、バリの学生たちが主催するプラスチックゴミ問題に取り組むプロジェクトの撮影をしたのですが、その主催者の姉妹のインタビューの中で感動的だった言葉があります。

 

We are the problem,We are also the solution.

(私たちは「問題」であると同時に「解決策」でもある)

 

問題を起こしたのが人間ならば、その人間こそが解決策になれるのです。

 

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一人一人が、地球という星に自分を重ねあわせ、「地球」という身体がどのような状態だと心地いいのかイメージしたり、もう少し虫目線や鳥目線、魚目線や植物目線になって行動するだけで、人間だけではない、地球を構成する全ての命のバランスをとることがいつか必ずできると信じています。

 

 

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「病気」が「健康」に対する「気づき」となるように、

今、地球上で起こっている「問題」が地球を「パラダイス」にする「きっかけ」と

なることを願います。

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

ただ今、世界の海を漂流するプラスチックゴミという問題を通して、

世界中の人とつながり、希望や喜び、感動を分かち合う活動をする、ある青年の物語を

製作中です。リリースまでもうしばらくお待ちください。

 

 

文*KISANA LINES映像作家

写真*森のカメラマン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CATEGORY: お知らせ

宇宙の木

 

撮影で大きな木に会うことが多いです。
木のとなりに立つと不思議と落ち着きます。

 

木には、私たち人間がはかりしれない叡智が蓄積されていていて、
だから、木に会いにいくと、その叡智を少しだけわけてもらってるような、
言葉ではない何かで会話しているような、そんな気持ちになるのだと思います。

 

 

背高杉

 

 

木に寄り添っていると、自然と涙が出るときがあります。

泣きやんで木を見上げると、そこに空があり、
その空の向こうには宇宙があるのだなあと思うと、
もしかすると木は、二酸化炭素を吸って酸素を生み出すのと同じように、
私たちの感情を吸い取って、空に、宇宙にときはなち、
奇麗なエネルギーにしてくれているのではないのかという思いになります。

 

 

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木は上にばかりのびている訳ではありません。

 

 

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土の下に根を張り巡らし、近くの木の根たちと折り重なって、微生物を育んでいます。
さらには、地中深くから水を吸い上げ、地面のすぐ下に豊かな水脈を保ちます。

 

 

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地下水は、根から木の幹へ、下から上へとすいあげられ、枝葉をうるおし、

やがて酸素となり、空へと解き放たれます。

まさに、木は大地と空をつないでいるのですね。

 

雨の時も、風のときも、いつも静かに立ち、

ほかの生き物を受けとめ、抱き、育み、
人がつくった時間などとは関係なく、
宇宙のリズムとともに生きている木。

 

 

背高杉a

 

 

木はやっぱり神様のような存在だなあと思います。

 

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

 

各地に移住し、それぞれの場所の環境の一部として絵を描き続けるFuuyaumのものがたり、
「くうのお絵かきepisode.2」にもそんな地球の長老のような木がでてきます。

 

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Fuuyanmは木と向き合うとき、その木が小さな種だった頃から枝や根がどんどん伸びて
大きな木に成長するまでのすべてを感じると言います。

 

そうやって自然と向き合うなかで、「いのち」のエッセンスがFuuyanmの身体に入り込み、
Fuuyanm自身の一部となり、満ちて、絵となって飛び出してくるのです。

 

自然とよりそい一体となるFuuyanmの映像を通して、宇宙がかなでるリズムに身をゆだねる心地よさを感じていただければと思います。

 

episode.2 もうすぐリリースです。

 

 

文:KISANA LINES映像作家

写真:映像図書館 司書*写真家

 

CATEGORY: お知らせ

表 現

 

昨日の十五夜のお月さま、奇麗でしたね。

今夜はスーパームーン。

夜空を見上げるたびに、地球の上に立って宇宙に浮かんでいる自分を想像します。

小さい頃から大好きな「星の王子さま」の表紙の絵のように。

 

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今は、ある女性の絵描きさんが、
森の中にある、たくさんの「いろ」や「もよう」や「リズム」に心をわくわくさせながら  旅をする物語を編集しています。

 

 

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日々、出会うたくさんの物語は、まるで奇跡のようです。

ご縁が重なりあって、うまく自分の中の機が熟すと、映像を紡ぎはじめます。

 

 

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何を表現したいのかなと、よく自問自答します。
最近気づいたこと。
表現とは、限定された「もの」や「ひと」という現れた「結果」を表すのではなく、
現れているという「状態」を表すことなのだなと。

 

 

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この宇宙にはとどまっているものは何ひとつありません。

人が呼吸をするように、水が流れるように、自然は絶え間なく移ろいで行く。

 

「移ろう」という言葉には、感傷的な、ややネガティブなイメージがある気がしますが、

実は「移ろう」ことで、すべては「今」を生きているのだと思います。

 

 

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全ての分子、原子、量子は振動を続けているので、
一時も止まっているものなどこの世にはありません。

 

だから、どんなものを映しても、それは動いている。
そして、その動いている「状態」こそが、「自然」なのですね。

 

 

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「愛」であったり、「喜び」であったり、「幸せ」だったりも何か形があるのではなく、

その「状態」こそが「愛」であり「喜び」であったりするのだと思います。

 

 

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アーティスト本人も表現しています。
その「表現」をさらに「表現する」のが、映像の役割。

アーティストの「わくわく」や「喜び」という「状態」、
森や水が「いきいき」している「状態」が伝わればいいなと思います。

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

9月中にはリリースと思っていましたが、少しだけおくれそうです。
いつもながら、編集が遅くてもうしわけないです。
あきらめないで、お待ちいただいていることに感謝を込めて。

 

KISANA LINES  映像作家(文)

森のカメラマン( 写真)

 

CATEGORY: お知らせ

緑 色

 

皆さんはなぜ、木の葉が、緑色なのかご存知ですか。
「光合成」の仕組みのことではなく、もっと、根源の「色」のお話です。

 

そうです。葉っぱは「緑色以外」の色を全部、吸収してしまい、
「緑色だけ」を反射するので、私たちは葉っぱが「緑色」に見えるのだそうです。

 

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ということは、本当の葉っぱの色は、

「緑色以外のすべて」ということになりますよね。

 

 

海が青いのも、

 

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花が赤いのもすべて同じですね。

 

 

 

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そう思うと、表面的に現れているものは、実は本質ではなくて、
ものの本質というのは目では見えないところにあるのかなと思います。

 

これは、理屈ではわかった気がしても、具体的にはとても深淵な事柄です。

特に私たちのような映像を映すことを仕事としている者にとっては
きわめて切実な問題です。
一生懸命、被写体を表すために撮影しても、私たちには表面的な色信号を

映すことしかできず、永遠に本質を撮ることはできないのですから。
そう思うと、ちょっと切なくなったりもします。

 

 

海は実際には何色をしているのでしょう。

 

 

 

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自問自答を重ねながらも、映像を映し伝える者は、

様々な角度から対象物をとらえ、光を待ち、

瞬間ごとに少しづつ変化する色を追い、なんとか本質を映し出そうとします。

 

 

 

 

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本質に迫ろうとします。

 

 

 

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一瞬、一瞬、違う表情を見せ、毎瞬、変化しているものなのですが、

トータルで見ると一つのもの。

 

 

全てであり、一であるもの。

 

 

一番、身近なところで言えば、私たちは生まれてから今までずっと

成長したり衰えたり、見かけ上の変化を重ねていますが、
ずっと自分であることに変わりはありません。
私が私以外のものになることはできない。

 

見かけ上の変化にとらわれず、そのものであり続けるもの。

それが本質です。

 

 

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その本質を見つめ、 物語として伝えることが、KISANA LINES の宿命だと考えています。

 

 

では、その本質は、いったいどうやって表せばいいのでしょう。

 

 

たとえば、色や形にとらわれない「香り」や「湿度」で表すことができるかもしれません。

ですが、今のところそれを具体的に映像で映しとることはできません。

 

ただし、「香り」や「湿度」などを含む本質から伝わる「感覚」を、媒介者を通して、

その「表情」や「言葉」で伝える方法はあるかもしれません。

 

「アート」も一つの手法だと思います。
本質を表現するのがアートの原点なのですから。

 

 

そして、さらに「本質」に近づくためには、こうして様々な手法で伝えられる

「言葉」の行間であったり、「表現」の背景を感じとるための、

受け取り側の「意識」もとても大切なのもだと思えます。

 

つまり、全ての表現は表現者からの一方通行ではなく、受け取る側の影響が加わりながら、

双方向で一つの表現が成立しているのだと思うのです。

 

 

KISANA LINESの物語も、一方通行ではなく
見てくださっている方々の感性というバイブレーションが加わることで、
少しづつ本質に近づきながら、伝わっていけばいいなと願っています。

見えないものの向こう側にある「いのち」をみんなで見つめていければいいなと思います。

 

*** *** *** *** *** *** *** *** *** ***

 

さて、先日、7月7日七夕の日にリリースした「しあわせの発明」episode.4は、前回のepisode.3とともに発明家である藤村靖之さんに、博士の発明の基盤ともなっている

「愛の哲学」を語っていただきました。

 

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博士の言葉を紡いでいて気づいたことがあります。
それは、博士の表現はいつも強制や押しつけ(一方通行)ではなく、提案(双方向)という形をとられているのですね。

 

だからこそ、受け取り側に参加意識が生まれ、実際に博士の提案を実行に移す人たちが多いのだなと納得させられます。

博士の哲学に、受け取り側の意識を重ねあわせ、みんなが発案者となり、それぞれの中から生まれる「わくわくするアイディア」を、具体的な活動として表現していく。

 

 

「わくわく」が「わくわく」を生みだし、果てしない表現がどんどん広がっていくことで、いつか「本質」のしっぽを掴む時が来るかもしれません。

 

 

こうして、新しい文明が開かれていくのって、本当に「わくわく」しますね。

 

 

 

KISANA LINES 映像作家

 

CATEGORY: お知らせ

平和の種(たね)

 

今日はこどもの日。
そして、KISANA LINESの生まれた日でもあります。
まずは 応援してくださっているみなさん、撮影させてくださった方々や自然、支え続けてくれている仲間、KISANA LINESが生まれ育ってくる途中で出会ったすべての人や起こった出来事に、ありがとうございます。

 

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先日、京都の山間部で行われた「こどもまつり」というフェスティバルに参加しました。

360度 山に囲まれた野外で、こどもたちに混じって大人も一緒にのびのびと走り、
遊び、おどり、食べ、ねころび、歌い、奏でる、とてもピースフルな おまつりでした。
おまつりのコンセプトは、未来を担うこどもたちに本当の豊かさや平和な社会とは何かを 身体や感覚を通して実践的につかみとってもらおうというものです。

近隣の町や海外の方々を交えることで平和の輪を広げていこうという素敵な企画。

撮影班の私たちは、「未来」というキーワードで参加している大人や子どもにインタビューをしました。

 

大人はそれぞれ真剣なまなざしで こどもたちの未来を願う気持ちを話してくださいました。

続いて、こどもたち。遊んでるこどもたちに一人づつ、「このフェスティバルどう?」

と聞くと、みんな目をキラキラさせながら 「楽しい!」と答えます。

そこで、本題の「未来」について、私たちが小さい頃 よく大人たちから質問されたお決まりのフレーズ、「大人になったら何になりたい?」や「将来の夢は?」など、「未来」という言葉をやさしい表現に置き換えてたずねてみました。

すると、どの子もみんな一様に「今が楽しい!」と答えるのです。
「あれ、将来の夢とかないの?」と重ねて聞いてみても、
「今が楽しいから」としか返ってきません。もちろん、一人づつ別々の場所で聞いてるので隣の子の真似をしているわけではありません。

子どもが未来に夢をもつことさえできない不安な社会なのかなと悲しくなりましたが、

そのあと、気づいたのです。

 

こどもたちには「未来」という概念がないのではないかと。

同じく「過去」という概念もきっとないのではないでしょうか。

 

あるのは「今ここ」だけ。


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小さい頃、同じ質問をされた私はそれなりのことを答えていた気がするし、
今も、将来の夢を語るこどもたちも大勢いるとは思うのですが、
それは、大人やテレビや学校からすりこまれた こうあるべきという模範的な回答で
実は、子どもにとって「未来」は未知で無限で、
「今ここ」には存在しないものなのかもしれません。
そして、さっきまで泣いていた子が次の瞬間には笑っているように
子どもは「過去」もひきずらない。

 

考えてみると、今、何かに悩んでいる人の悩みって、全部、過去に起こった出来事や未来を憂うものであって、「今」この瞬間に由来するものではないですよね。
悩んでいる人が「今」していることは、「過去(たとえば昨日)」に起こったことを

「悩んでいる」、または、起こってもいない「未来」を憂いているという行為であって、

今、この瞬間に悩みの原因となることに対面しているわけではないのです。

 

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H2Oという水の分子は、水素Hと酸素Oという原子が結合してできていますが、実は

毎瞬、結合と分離を繰り返していて、二度と同じHとOがくっつくことはないそうです。
つまり同じH2Oという記号で表わされても、まったく同じ水の分子は存在しない。
そういう意味では、70%が水分の私たちの身体の中の水も瞬間ごとにどんどん違う分子に変化していて、厳密には昨日の自分はいないのですよね。
もちろん、回りの人も物もすべてそうです。

 

だとしたら、過去の自分に起こったことを悩んで「今」を過ごすより、「今」を喜び、

「今」という奇跡に感謝しながら過ごす方が楽しいし、そんな「今」を積み重ねていけば、きっと喜びに溢れた「未来」になるのではないかと思います。

もちろん、過去を反省することも大事だし、時には「悩む」ことも大切だと思いますが、

その「反省する」や「悩む」ことを苦しむのではなく、「味わう」という意識でのぞめば、それは、「学び」というポジティブな「今」に変換されるような気がします。

 

それにしても、無数の組み合わせの中で起こる「奇跡の今」を生きるのって

なんて素晴らしいのでしょう。

 

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KISANA LINESは「未来に届ける映像図書館」として、2年前の今日、スタートしました。
その主旨には、今の地球は未来の子どもたちからの預かりものなので、

完全な形で未来に返したいというメッセージが込められています。
それは「未来」を完全な形にするのではなく、「今」を完全にするこという意味です。

 

これからも、奇跡のような「今」が奏でる物語を未来に繋いでいきたいと思っています。

 

世界中の子どもたちに蒔かれた「平和の種」が育っていくのを見守りながら。。。

 

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さて、今日、リリースした「しあわせの発明」episode.3 は、「しあわせ」に「今」を生きるための藤村博士の「愛の哲学 part.1」です。part2も間もなくリリースします。

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Rainy Sunday

 

 

雨の日曜日。
したたる雫が樹々の緑を色鮮やかに彩るのを見ながらお茶を飲んでいます。

 

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旅が続いています。

 

そそっかしい私は、旅の途中、しょっちゅう色んなものを忘れたり、なくしたりします。

眼鏡はいくつ失くしたかわからないし、携帯電話、本、家や車の鍵、カメラ(!!)、

持ってるものは何でも忘れてしまいます。
立ち寄ったお店の人が私の置き忘れたバッグ(旅の途中だとパスポートも入ってる)

を持って追いかけて来てくれることは日常茶飯事で、

私の仲間はもう誰も驚かないし、心配もしてくれません。
自分としても反省はするのですが、また同じことを繰り返してしまいます。

 

その理由は、大事なものはなくしても必ず戻ってくるという幸運に恵まれていることと、

何かをなくすと何かを得るというジンクスを私が信じているからではないかと思います。

 

今回の旅でも、私にしては珍しく(^^;)長く愛用することができた眼鏡を

夜の湖に落とししまうというハプニングがありました。

近眼で夜盲症の私が眼鏡なしで一人きりで夜の山道を運転して帰るというのは自殺行為。

途方に暮れつつ、その日友人が日本から送ってくれた箱をあけると、

なんとおとぎ話のように新しい眼鏡が入ってて、偶然にも窮地を脱することができました。

(友情に感謝(_ _*))Lost the glasses,Got new one.

 

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他にも、泊まる宿が見つからないまま、招かれていたホームパーティに出かけ、

帰り際、どうしても車の鍵が見つからず、パーティの主催者の家にその後1週間も居候させ

てもらうことになるという好意に助けられたり、Lost the key,Got to stay

 

訪問先に行く途中道に迷い、間違ってたどり着いた家の人とソウルメイトのように仲のいい

友達になってしまったり、Lost the road,Got the best friend

 

数えあげればきりがないほど、何かをなくすたびに、何か大切なものに出会ったり、

いただいたりしています。

 

雪山

 

そして、そのたびに思い出すフレーズがあります。

 

Once we meet,we are becoming a part of each others stories.

 

アラスカで出会ったエスキモーのおばあちゃんからいただき、

前にもこのブログで書いたことがあることばです。

直訳すると、私たちがひとたび出会うと、お互いの(人生の)ストーリーの一部になる。

 

つまり、それまでは見ず知らずだった人と出会った瞬間、

その「見ず知らずな人」は「知り合い」に変わります。
その後、親しくなるかどうかは別としても、もう見ず知らずの人にはぜったい戻らない。
その後の一生を通して「知り合い」になるのです。
これって、すごくステキなことではないですか?

 

出会いは人だけにとどまらず、自然や生きものや物との出会い、
「知ること」にもあてはまります。
ひとたび何かを知ってしまえば、知る前の自分に戻ることはもうできません。
そのことを知っている新しい自分の物語がそこから始まり、また新しいことを知り
それはエンドレスに続きます。
そこには限界はなく、果てしなく広がっていきます。

そう考えると、世界中の人が知り合いになることだって不可能ではないように思います。

 

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だったら、失うことをそんなに恐れなくてもいいのではないかと、変な言い訳したりして

私の忘れ物癖はいっこうになおりそうにありません。

 

それでも、やっぱり大切なものは失わないように気をつけようと思いますし、
それこそ、大切な「知り合い」はなくしたくないと絶対に思います。

 

ましてや、戦争で「知り合い」をなくしてしまう状況だけは
何があっても作ってはいけないと思っています。

 

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さて、新作のお知らせです。
愛の発明家、藤村靖之博士の「しあわせの発明」の続編をもうすぐリリースします。
みんなを「しあわせな暮らし」へと導く博士からの提案です。


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KISANA LINES 映像作家

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