なじょすべ

 

ニュージーランドと日本の間を往復する日々が続いています。

 

 

 

 

そんな中、機内で映画をよく見ます。

ニュージーランド航空のオンデマンドはコメディ、ドラマなどのカテゴリーの上に

新作とトレンディの項目があり、注目作品がピックアップされています。

 

この時期、そのトレンディの中のトップに置かれているのが「チェルノブイリ」。

約1時間のエピソード5話からなるドラマなのですが、まさに5時間もの間、

ノンストップでその映像に釘付けになってしまいました。

 


 

 

33年前に旧ソビエト連邦(現ウクライナ)で起こった原子力発電所の爆発事故を

テーマに、真実をあぶり出すように描かれたドラマ。

 

事故直後の対策の遅れ、事故による影響を最小限に食い止めようと身を呈して働く人々、放射能汚染がまるで見えない暴力のように人々を蝕んでいく様子は、2011年に日本で起こった福島の原発事故を彷彿とさせる内容で、おそらく日本人であれば誰もが身につまされるであろうリアリズムに満ちています。

 

なぜなら、「チェルノブイリ」は33年前に起こったことを忠実に再現した『ドラマ』ですが、日本では今この瞬間にも誰かがあの事故現場で働いてくれていて、だからこそ我々が通常の生活が送れているという『現実』の中に私たちが生きているからです。(もちろん、チェルノブイリも未だに様々な問題が進行形です。)

 


 

 


事故から8年、普段の生活の中で福島の原発事故のことを思い出し、そこで働く人々に思いを寄せる人がどれだけいるでしょう。

 

 

 

今、現実に起こっていることなのに風化させていく。

 

 

 

その寂しさの中で、事故後の福島の様子を写真におさめ、福島の今を詩に綴っている二人がいます。

 

関久雄さん(詩)と 山本宗補さん (写真) 。

 

 

 

 

 

胸を打たれるのは、関さんの詩が誰をも責めていないことです。

 

 

 

ペットボトルの水道水

福島市が売り出した

すると、世間はこう 言うんだ

カルト そのもの もう犯罪

ストロンチウムは 測ったの

プルトニウムは 出てないの

フクシマは 封鎖しろ

 

なじょ すべなあ

 

 

 

「良い」「悪い」で測るには大きすぎるほどの事故。

 

避難する人としない人、福島のものを避ける人と風評被害に苦しむ生産者さん。

 

事故は人々を分断し、そこに争いや憎しみが生まれました。

ネガティブな感情が、分断する壁をどんどん分厚くしていきました。

 

 

 

 

 

 

廃炉作業も進まない中、冷却のために増え続ける汚染水。

 

その汚染水を海に流す計画まで始める狂った行政。(ここ、ニュージーランドでもこの件は大きな話題になっています。人ごとではないのです。海はつながっているのですから。)

 

解決策が見つからない苛立ちから免れようと、事故を過去のものとして見ないようにする人々の心理。

 

 

でも、現実はそこに生々しくあり、今も様々な問題で苦しんでいる人が多くいます。

 

当時の事故に直接、関わりのなかった人々も命がけで事故の処理に当たってくれています。

 

 

 

 

ここにいる私たちには具体的に何もできなくて、途方にくれてしまいます。

 

 

でも、一つだけ、確実にできることがあります。

 

 

それは、『忘れないこと』。

忘れないで、寄り添って、自分のこととして感じること。

避けないで、『見続けること』なのだと思います。

 

 

関さんの詩はこう続きます。

 

 

おめえさん方よ

悩む こころに 沿うてくれ

オレたちに 優しいのは

痛みを 分かつ こころだよ

 

 

 

 

 

 

 

人が素晴らしいなと思うところがあります。

 

それは、

 

喜びは、シェアする(分かつ)ことで、どんどん膨らみ、

悲しみは、シェアする(分かつ)ことで、軽減されること。

 

 

 

 

 

 

人は誰かに悩み事を相談されたとき、

 

「頑張って!」と励ましたり、

解決策を一緒に考えたり、

意見を言ったりしてしまいがちですが、

 

 

 

いちばん、優しいのは、

 

 

聞いてあげること。

 

黙って寄りそうこと。

 

一緒に感じながら、見守ることなのだと思います。

 

 

 

文:KISANA 映像作家

写真:森のカメラマン

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旅する言葉

 

 

 

 

星野道夫さんが大好きで、旅をする時、よく星野さんの本を持ち歩きます。

 

 

 

 

 

一番長く私と一緒に旅をした本は、その名も「旅をする木」。

 

 

 

 

いつもバッグの中に入っている文庫本はページの端が折れ曲がり、

お風呂の中で読んだりするので湿気で表紙はふやけ、本はどんどんボロボロに

なっていきました。

(長い間、私の旅の道連れだった「旅をする木」の文庫本は、人から人へと

今も旅を続けていると思います。)

 

 

 

 

本は時間とともに古くなっていくのですが、

本に綴られている「言葉」は決して古くはなりませんでした。

いつ読んでも新しい発見があり、その時々に悩んでいることに対するヒントが

見つかりました。

 

 

本を開くと「僕はね、」と話す星野さんが今もそこにいて、

数十年前に星野さんが感じたことや思いが、

今を生きる私たちの心にみずみずしく響きわたります。

 

まるで「言葉」自身が生きて変化を続けているようです。

 

 

 

 

まどみちおさん(詩人)、熊田千佳簿さん(絵本画家)、

読んでいる途中で亡くなってしまった天野仁さん(物理学者)。

 

他にも私がその言葉に恋をした作家さんたちの多くは、もうこの世界に形としては

存在しません。

 

でも、本の中の「言葉」は、今もその言葉の向こう側にいる作家さんの感動や驚きや、生の喜びに息づいています。

 



 

 

「言葉」は、過去に生きていた人の「心」を乗せた船。

 

これから先も、時間や場所を超えて、どこまでも旅を続けていきます。

 

 

 

 

 

今、私たちが何気なく話している言葉も、

その言葉を聞いた人の心と身体に響き、未来へと旅をするのだと思うと、

もう少し丁寧に、大切に、

言葉を紡いでいきたいなと思います。

 

 

 

 

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森を見守るマオリのエルダーの物語のepisode.2。

 

おばあさまから小さい頃に聞いたお話を受け継ぎ、今に伝えている

お孫さんが出てきます。

 

目を輝かせながら、おばあさまの言葉を誇らしげに語る青年を見ていると

「言葉」は本当に神聖なものなのだと、改めて感じさせられました。

 

物語の完成まで、今しばらくお待ちください。

 

 

 

旅の途上にて

 

文:KISANA (映像作家)

写真:森のカメラマン・いのちの記録家(垣内未央)・映像図書館司書(Kayo)

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人間のカタチ

 

 

ニュージーランドの先住民マオリの人たちに伝わる「世界のはじまり」というお話があります。

 

 

*** *** ***

 

 

昔々、「空の神様(お父さん)」と「大地の神様(お母さん)」が恋に落ち、抱き合って離れなくなりました。

 

地上からは光が消え、みんな困り果てました。

 

 

 

 

 

そこで、たくさんの神様が集まり、どうしたら空と大地を離すことができるか話し合いました。

 

一番、年下で知恵のない神様が、魚などをつく銛(もり)で、お父さんとお母さんの手を切ってしまおうと提案します。

それを押しとどめた一番年長で知恵のある「森の神様タネマフタ(カウリの木)」が、大地の上に横たわり、足をあげて突っ張り、空を少しづつ持ち上げ、ついに大地と空を引き離します。

 

 

 

 

嘆き悲しんだ空の涙が海になり、

 

 

 

 

大地の涙が川となります。

 

 

 

 

木が横たわった両側には山ができました。

 

 

 

 

タネマフタが空まで突き上げた足は元には戻らず、

今もカウリの木は根っこのような枝が空に広がり、上下が逆さまのように見えます。

 

 

 

 

 

 

*** *** ***

 

 

長いお話なのでかいつまみましたが、ほかの神様として、「風&嵐の神様」や、
「平和&食べ物の神様」なども登場します。

 

 

 

 

 

さて、先のお話の中に出てくる一番年下で乱暴者の神様の名前は
「戦争&△△の神様」だそうですが、△△はなんだかわかりますか?

 

 

私はそれを聞いた時、少し悲しい気持ちになりました。

 

「戦争&ひとの神様」なんだそうです。

 

 

 

確かに、昔から人は戦い続けてきました。

ネアンデルタール人やクロマニヨン人の頃から戦いはありました。
国同士の戦い、会社では出世争い、心の中にも葛藤や戦いはよく起こります。

生まれつき、人は戦わずにはいられない生き物なのでしょうか。

 

「良い」「悪い」を超えて、マオリの伝説は、私たちに深い問いを投げかけます。

 

 

 

そこで、「本来の人間」とはどういう生き物なのかについて考えてみました。

 

大いなる自然の一部である「人間という種」の本来の姿は、一体どんなカタチなのでしょう。

 

「ライオン」は常に本来の「ライオン」のカタチをしています。

 

 

「ペンギン」も本来の「ペンギン」のカタチです。

 

 

 

ライオンは草食動物の命を得て生存するというカタチを保ち続けています。草食動物がかわいそうだからと狩をやめることはなく、お腹がいっぱいなのに欲望だけで狩をすることもありません。

 

ペンギンも、毎日、海に漁に出かけては魚を食べる生活を続けています。いちいち陸に戻ってくるのは面倒だからと海の中に住むことはないですし、

「ペンギン」が「しろくま」になってみたいと真似をしてみることもありません。

(今は「ペンギン」は南半球にしかいないので、北半球にいる「シロクマ」と動物園以外で出会うことはないはずですね。余談ですが、北半球にいた「ペンギン」は人間による大量捕獲で絶滅したそうです。「シロクマ」も人間社会が要因となって引き起こされる急激な気候変動により絶滅が危惧されています。)

 

もちろん、全てのものは変化しています。
ライオンだってペンギンだって、地球の環境の変化に順応しているでしょう。
ただ、彼らは、自然から与えられた「いのち」に忠実に生きていることだけは確かです。

 

全ての生き物は、自然の中の食物連鎖の輪を自ら壊すことはなく、

自然のままの姿で、「いのち」に忠実に生きています。

 

 

 

では、人間はどうでしょう?

 

食物連鎖の外に君臨し、生態系を狂わせ、まさに好き放題、暴れまくってきた人間。

今も、地球の資源を貪り続け、綺麗な水も澄んだ空気も台無しにし、自らの首を絞め続けています。

 

 

 

果たして、自然が自身を破壊するような生き物を自ら生み出したりするでしょうか?

今の人間は、明らかに「本来の人間」から大きくずれています。

 

昔は「本来の人間」だったというつもりはありません。
だって、昔から人は戦争をしてきたのですから。

 

過去に「本来の人間」のカタチが見えないなら、
未来にこそ、「本来の人間」になる可能性があるのではないでしょうか。

 

 

 

 

それには、まず、「本来の人間」像を見つけることが先決です!

 

地球という星、ひいてはその地球星が浮かぶ宇宙全体の調和に満ちた循環の中にある本来の人間像。

 

 

それが、どんなカタチなのかがわかりさえすれば、それを道しるべにして進めばいいだけです。

 

 

 

 

全ての人が知恵を絞りあって、その道しるべを見つけることができたなら、人は戦わなくてもいい世界に生きることができると思います。

 

未来に光が射すように、「人間のカタチ」を探す旅を続けていこうと思います。

 

 

 

 

*** *** ***

 

 

先住民マオリのエルダーの物語「WAIPOUA FOREST」のepisode.2のタイトルは「タネマフタ〜森の神様〜」です。

 

完成をお楽しみに!

 

2019年が全てのものにとって喜びの多い年になりますように!

 

1年の終わりに、感謝を込めて。

 

 

KISANA LINESスタッフ一同

文:KISANA   写真:森のカメラマン

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3度目の旅

 

 

 

春爛漫。

旅に出たくなる季節ですね。

 

長くテレビの旅番組の制作で世界中を旅してきました。

自分の仕事を人に説明する時に、
「一つの番組につき、一つの国を3度、旅する」
という言い方をよくします。

 

1度目は下見。約2週間から3週間かけて、撮影候補地を旅します。

現地のガイドの方と二人の場合や、一人の時もありますが、
3回の中で一番旅らしい旅です。

 

 

 

続いて、撮影本番。
旅人(俳優、アーティストなど)やカメラクルーを引き連れて、下見と同じコースを撮影する2度目の旅。

そして、帰って編集をするのですが、これが3度目の旅にあたります。

 

それぞれの旅は、同じコースでも得るものや印象が全く異なります。

1度目は何もかもが新鮮で、好奇心の目を光らせながら
インスパイアされるものとの出会いを楽しみます。

2回目は、自分のたどった道をスタッフと巡るガイド役のような立場。

同じものを見ても自分とはまた違う印象を持つ旅人やスタッフ目線を交えながらの旅になります。

そして、日本に戻って3度目の旅。
実は、この3度目の旅が自分にとっては最も味わい深い旅となります。

 

 

 

 

一人でスタジオにこもり、撮影した映像をモニターに映し出しながら編集するのですが、現場では気づかなかった旅人の小さな息づかいや感動する表情を通して見る旅先は、3度目のはずなのにとても新鮮に感じます。

 

同じ景色を見ていたはずのカメラマンが違う部分を切り取っていたり、自分の感じていたのとは違う森や空や海の色が映っていて、はっとすることもあります。

 

 

 

 

そして、取材させて頂いた現地の方の言葉も、実際に会って話していた時には気づかなかった深い思いが隠されていることも多く、まさに気づきの旅となります。

 

 

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さて、今はカナダの先住民の物語を制作しています。

内容は旅ではないですが、編集しているとやはり3度目の旅をしているような気持ちになります。

 

 

 

 

その中である先住民が話してくれた言葉に強く揺さぶられました。

 

 

「昔は、アートが暮らしそのものだった。。。」

 

 

 

 

世界中で起こった悲劇と違わず、カナダの先住民も西欧による植民地政策によって

文化や言葉を奪われました。

言葉を失った先住民は、自分たちが先住民であるという「アイディンティティ」さえも失ってしまいます。

 

そして、自信の喪失や心の傷がトラウマとなって親から子どもへと代々受け継がれ、今も自ら命を絶つ若者が絶えず、悲劇は続いています。

 

 

 

 

物語は、現代を生きる先住民たちが伝統的な「アート」を学ぶことで、再び自分自身を取り戻して行く様子を描いていますが、その中で「アートと生活」の関係について考えさせられます。

 

 

 

 

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私たちの現代社会において、日々の生活の中心になっているのは「仕事」です。
大半の大人はリタイアするまで、「仕事」を通じて社会と交わって生きていきます。
ここでいう「仕事」とは「経済」のための仕事です。

生活のために必要な「お金」を得ることを中心に社会全体が機能し、「仕事」が自分自身のアイディンティティになっている人も多いのではないかと思います。

 

 

先住民はこのような「経済社会」になる前の人間の生き方をまだ保有しています。

かつて彼らは衣食住、すべてを自分たち自身でまかなえたので、「お金」は必要ではありませんでした。

ですから、お金を得るために働くことも、もちろんありませんでした。

 

そんな先住民の生活の中心にあったのは「アート」です。

 

 

 

 

先住民全員が男性も女性も何かを創るアーティストとして生きていました。
女性たちは衣類や敷物などを織ったり、毛皮を縫いあわせて靴を作りました。

 

 

 

 

石でアクセサリーを作る人もいました。
男性は木を使って家、船、生活に必要な箱や皿などを作りました。

 

 

 

 

それらは、各人、家族によってそれぞれ違うモチーフや装飾がほどこされました。
自分たち自身の独自性がこめられたのです。

 

つまり、「アート」こそが彼らの「アインディンティティ」だったのです。

 

 

 

 

そして「アート」は生活に密着しながら、次世代へと受け継がれ「伝統芸術」として昇華されていきました。

 

 

 

 

彼らのアートにはたくさんの生き物が描かれています。
家族のクラン(ルーツ)を現すもので、スピリッツや守り神のような存在です。

お祭りには、それぞれのクランを象ったマスクやマントを装って踊りました。

 

 

 

 

 

 

彼らは書物を残すかわりに、物語や歴史を柱に彫刻し、トーテムポールとして森の中や海岸など神聖な場所に建てました。

すべてのアートは自然にあるものだけで作られ、やがては自然に還っていくものだとされました。

 

 

 

 

先住民にとって、「アート」は、自然への「祈り」でもあったのだと思います。

 

祈るように日々の中で創作され、想いが宿ったアート作品に囲まれた生活。
なんて贅沢なのでしょう。
それが何万年にもわたって綿々と続けられてきたのです。

 

 

 

 

その彼らの生活を壊したのが、現代の合理主義です。
アートは大量につくられる工業製品にとってかわられました。

アートと暮らしが切り離されてしまったのです。

 

 

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われわれの現代社会では、教育も社会のあり方も、
全てが「目的」と「結果」主義です。
「何のために」「何をするか」を常に問われ(自分自身に問い)それに向かって一生懸命、努力をする人生。

何かをなしとげること、お金を稼ぐこと、生産性のあることが正しいとされる世界。「未来」のために「今」をがまんする生活。

 

「アート」でさえ、商業目的に転じていきました。

 

 

 

 

 

もし、人が時代とともに進化しているとしたならば、お金を稼ぐための時間でほとんどが終わってしまうような人生をなぜ今も続けているのでしょう。

なぜ、生産すればするほど豊かな生活から遠ざかり、地球が汚れていくような進化を人は選んだのでしょう。

 

競争するかわりに、生きる喜びを味わうことに多くの時間を費やせるような道を歩めば、私たちが潜在的に持っているはずのたくさんの能力をもっともっと開花することもできるのではないかと思います。

 

それこそが、人としての素敵な進化ですよね。

 

 

 

 

今、一人一人がアーティストに戻る時代が来ていると思います。

モノを得るためのツール「お金」を稼ぐ生活から、ただ純粋な喜びに突き動かされて生きる人生に少しづつシフトしていく。

 

「喜び」から生み出された「アート」は多くの人の心を「感動」で満たします。

こうして「感動」することで生まれるエネルギーが世界中に広がり続けると、

地球はなんて美しい星になることでしょう。。。

 

想像するだけでワクワクします。

 

「地球を感動によるエネルギーで満たすこと」が、
人としての本来の「営み」なのではないかと最近、よく感じます。

 

 

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今年の5月5日、KISANA LINESは5歳になります。

サイトをもう少し見やすくしたり、物語の感想を会員のみなさまに書いていただく

スペースもできます。

 

さらにKISANA LINESの物語を種から育てる苗床のような姉妹サイトも準備中です。

 

そして、ただいま制作中のカナダの先住民の物語も完成間近です。

 

感動を分かち合える物語、是非、楽しみにお待ちください。

 

 

 

 

文:映像作家 Kisana

写真:プロジェクトマネージャー Kayo、デジタル映像作家 Ryo

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Road of the Ring / 循環の道

 

 

ニュージーランドに40日ほど滞在していました。
ニュージーランドは「ロード オブ ザ リング」や「ホビット」などでも有名な映画

製作が盛んな国。

各地で毎年、幾つものフィルムフェスティバルが行われます。

 

 

滞在していた小さな町でも、ショートフィルムの最優秀賞を選ぶフェスティバルが行われました。

映画館の前にはレッドカーペットが敷かれ、参加者全員にシャンパンが振るまわれ まるでアカデミー賞なみの華やぎです。

 

プロの作品が並ぶ中、今回、最優秀に選ばれたのは20歳と18歳の学生カップル。

来年から映画学校に通うオスカーが監督をつとめ、高校を卒業したばかりのスカイラが脚本を担当しました。

実はオスカーは友人夫妻の一人息子でもあり応援していたので、今回の受賞は自分のことのように嬉しく思いました。

 

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さて、その作品の内容ですが、意味深いテーマが3分のショートストリーにシンプルにまとめられていて、

とても感動したのでシェアしたいと思います。

 

 

16歳の少年と10歳の女の子が一緒に道路を歩いています。

すると、道ばたに女性が倒れていて、みんなが棒を持って寄ってたかってその女性をたたいています。道を通る人も誰も止めようとはしません。

それを見た女の子は助けてあげよう!と少年を誘います。少年は無視します。

何度頼んでも聞いてくれない少年と、殴られ続けている女性を交互に見ながら、とうとう女の子は泣き出しました。

 

するとその少年はその女の子に向かって叫びました。「なんで、こんなことぐらいで泣くわけ1?」「たかがポッサムじゃないか!」

すると、その倒れていた女性がオーバーラップでポッサムへと姿を変えます。

 

ポッサム

 

 

ポッサムはカンガルーのようにおなかに袋を持つオーストラリア固有の有袋動物。

 

 

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それが、ニュージーランドに持ち込まれて以来、大繁殖をし、鳥の卵や雛を襲い、

森の植物を食べ尽くし、最近では家の庭まで入って来て果物の木や畑を荒らすので、

ニュージーランド人は捕獲して毛皮にしたり、道路などで見かけるとひき殺す(!)こともいといません。

 

 

さて、物語は続きます。

再び歩き始めた少年と女の子の前に、道に倒れて死んでるおじいさんが現れます。

女の子は再び泣き出して、どこかにお墓を作って埋めてあげましょう!と少年に言います。少年はまたもや機嫌悪そうに女の子を突き放します。

 

「なんでこいつのお墓をつくったりしなきゃいけないんだよ」

「たかがウエカじゃないか!」

すると、おじいさんはウエカに姿を変えます。

 

ウエカとはニュージーランドに固有の飛べない鳥。

 

 

ニュージーランドの鳥の中では珍しく雑食(肉も食べる)です。

絶滅を危惧されていましたが、国をあげての保護により最近では数が増えました。

畑の野菜のみならず、人の家の台所のものまで食べます。

 

さすがに、鳥を愛するニュージーランド人はウエカは殺しはしませんが、時々、車にひかれたウエカを道路で見かけることはあります。

 

 

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そして、最後に、歩いている二人の前で人が車にはねられます。

今度は、少年の方がパニックになり、早く救急車を呼ばなくちゃと!と大慌て。

 

その様子を冷ややかに見ていた女の子が 少年に向かって言います。

 

「何を慌てているの?たかが人間じゃない。。。」

 

 

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もともと植物と鳥だけしかいなかったニュージーランド。

天敵がいないことから、ニュージーランドの木々はゆっくり育ち、夜行性で飛ばないキィウィに代表されるように鳥たちも独自の進化をとげました。

 

 

 

そこに人間によって持ち込まれたネズミやポッサム、ウサギなどの小動物や、建材のために植林された松などの植物。

外来の動植物は、それまで平和にゆっくりと営まれてきた森の生き物の生態系を一気に破壊し、みるみるうちにニュージーランド中に広がりました。

絶滅に瀕するニュージーランドの固有の鳥や植物たち。

 

 

すべての原因を作った人間は、問題解決のために様々な策をうち始めました。

その中にネズミやポッサムのみを殺傷する(と言われる)1080という薬剤があり、

ニュージーランドではヘリコプターで定期的に国立公園などにまかれています。

 

 

1080をめぐってニュージーランドの住民たちは長く争ってきました。

 

一方は、何もしなければ森が丸裸にされ、ニュージーランドにしかいない固有の鳥や植物が絶滅してしまう。1080をまくのは仕方のないことだ。

もう一方は、1080は川の水を汚し、魚や家畜やペットなど他の生き物にも害を与え、自分たちの生活さえおびやかしかねない。何か他の方法で数を減らそう。

 

 

双方がナチュラリストを自称する人々。

どちらが正解と一言では言いがたい難問です。

 

そんな大人たちの論争に一石を投じた、オスカーとスカイラのピュアな感性。

二人の映画は、多くの人たちの心に、まるで水面に広がる波紋のように ある問いかけをなげかけたのです。

 

 

「人は、他の生き物よりそんなに価値がある生き物なの?」

 

 

増えたから薬剤で殺す。いや、他の方法で数を減らそう。

 

どちら側にも、人間が他の生き物の数をコントロールしてもいいというエゴが

見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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今回のニュージーランド滞在の一番の目的は、前のブログにも書いた先住民マオリのエルダー、グレイスさんに会うためでした。

 

 

「タネマフタ(森の神様)」とマオリの人々が呼ぶ樹齢3千年とも言われるカウリの木をお世話するのが、グレイスさんの家族代々に伝わるお役目。

 

お世話とは「見守ること」「ただ見続けることです」と話したグレイスさんの言葉が忘れられずに、グレイスさんの物語を映像に撮らせていただけないかお願いに行ったのです。

 

 

 

グレイスさんは今回も大切なことばを静かに話してくれました。

 

 

「ただ、ただ、見続けて、感じるのです。

感じたことは、大地を通して未来に受け継がれていきます。」

 

 

 

 

人は「問題」があれば、それを「解決」するために、常に何か「行動」をおこしてきました。

 

小さい頃から、ゴールを決められそれに向かって努力するように教えられ、良い学校に入るため、良い会社に入るため、仕事では一つのプロジェクトに取り組み、それが完成したらまた次にとりかかる。

 

何か新しいものを生み出すことにとりつかれ、

成果をあげることが美徳とされる社会。

 

 

そのために、森も海も、回りにあるものすべてを利用し続ける人間。

 

 

人が何かを作れば作るほど、目的のために努力すればするほど、

海は汚れ、森は壊されていきました。

 

他の種をコントロールしようとすればするほど、

生態系は乱れ、地球環境はバランスを失いました。

 

 

生命のために一番たいせつな、綺麗な空気や水も、もうあまり残されてはいません。

 

 

 

 

 

人はいったい何をしているのでしょう。

何のために、生きているのでしょう。

 

お金や物や権力を得るために自分の人生のほとんどの時間を費やし、

やがて疲れきって死んでいく。

 

そんな風に生きるために、人は生まれて来るのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

人だからこそできること、自然界における生き物としての人の役割が

もっと他にあるのではないでしょうか?

 

 

行動を起こす前に

まずは、感じること。

 

手を出す代わりに、

優しく見守ること。

 

コントロールするのではなく、

寄り添うこと。

 

 

喜びを他のものたちと分かち合うこと。

 

感動を自然界に循環させていくこと。

 

 

 

そう、自然は搾取するものではなく、循環しあうものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、ここで、勇気を出して立ち止まり、何かをするのではなく、

やめる選択をしてみてはどうでしょう。

 

 

新しいものを作ることをやめ、今あるものを大切にする。

 

饒舌にかわって、耳を澄ます。

 

奪うのではなく、シェアする。

 

勝負にこだわらず、助け合う。

 

 

 

すべてのものはただ存在するだけで、完全に調和が保たれていることに気づく。

 

 

 

 

 

こうして、普段の生活の中で「能動」から「受動」に少しづつシフトしていけば、

 

人間は自然の「循環の道」にもう一度戻れると信じます。

 

 

 

マオリのエルダーが伝えたいと切望しているこの願いを未来に届けるために、

来年より撮影をスタートさせます。

 

 

 

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新作のリリースが大変おくれています。

 

 

来年はKISANA LINESがスタートしてから5年という節目の年。

これを機会に、カナダの極北を舞台に5年の歳月をかけて製作してきた長編を

お届けするつもりです。

 

 

楽しみにお待ち頂けたら幸いです。

 

 

 

2018年が美しい調和の年となりますように。

 

 

 

 

 

KISANA LINES スタッフ一同

 

 

文:KISANA 映像作家

写真:森のカメラマン

 

 

 

 

CATEGORY: お知らせ

心のいろ

 

もう長い間、映像制作していますが、

いつも心がけていることは

物語の背景にある目に見えないものを伝えることです。

 

「湿度や温度」、「香り」、「風」、、、

 

たとえば「湿度」は、葉っぱについた雫や、たれこめた雲で表現したり、

「風」なら、木々がさわさわそよぐ様子を撮影するなどして工夫を凝らします。

 

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そんな中、一番大切にしているのが、

具体的に形で現すことができない「心」をいかに映像に宿らせるかということです。

 

同じカメラマンが同じ被写体を「心」を込めて撮った場合と、

「心」を動かさずにビジネスライクに撮った映像では圧倒的に迫力が違います。

 

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これは、お料理などにもあてはまります。

同じ調理人が、同じ素材とレシピで作ったとしても、

「心」を込めた料理ととそうでない場合は「味」に差が出ます。

 

工場で機械的に量産されるセーターと、

お母さんが子どものために「心」を込めて作るセーターでは「暖かみ」が違います。

 

「心を込める」、その「心」の形や色は目に見えないけれど、

物質やものごとに具体的に影響を与えています。

 

つまり、「心」は「物理的に(質量のあるものとして)」存在しているのです。

 

 

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心のこもったお料理の「ウマミ成分」の数値があがるとか、

心を込めて編まれたセーターを着た子どもの体温があがるなど、

具体的な数値で表されないと信用できないと思っているわれわれ現代人ですが、

実は、生まれながらに持っている感度、感覚で、

無意識に心のこもっているものを見分けています。

 

私たちは「見えないもの」を物理的にとらえる能力を日常的に使っているのです。

 

 

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木や草花の「愛」、動物や魚や鳥たちの「愛」、昆虫や微生物の「愛」、

人間の恋人同士や子どもへの「愛」、

 

もし、愛情に色があって見ることができたなら、

さぞかし世界はカラフルだろうなと思います。

 

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今、世の中は、見えるものに価値を置く社会から

見えないものを感じる社会へと大きくシフトしています。

 

これから、ますます人間本来の能力が大きく開花していく予感がして、

わくわくします。

 

KISANA LINESの物語も、見えない「心」や、

未来のこどもたちへの「愛情」をたくさん込めて制作しています。

 

「心」の純度を磨き、さらに輝く物語を未来に届けていきたいと思います。

 

 

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現在、同時進行で制作中の作品のうち

近日リリースするのは「くうのお絵かき」のepisdoe.3です。

 

旅するように全国各地で暮らしながら絵を描き続けるFuuyanm。

 

 

Fuuyanm

 

 

Fuuyanmは、ごはんを食べるように、まわりにあるすべての自然を身体の中にとりこんで

色を紡ぎだしています。

 

 

珊瑚礁

 

 

 

Fuuyanmの絵には、見えないけれど確実にそこに浮遊している「いろ(くう)」が、

まるで、呼吸するように軽やかに息づいています。

 

 

喜びにふるえるように踊っています。

 

 

そんなFuuyanmの中に「いろ(くう)」が芽生えたのは、ある南の島での暮らし。

 

 

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再び訪れた島で、また新しい「いろ」の「いのち」が生まれる物語です。

 

 

美しいものたちの「心のいろ」

が伝わりますように。

 

 

 

文*KISANA LINES映像作家

写真*森のカメラマン

 

CATEGORY: お知らせ

見守る者

 

ニュージーランドに「カウリ」というナンヨウスギ科の巨木がたくさん立つ森があります。

 

その森の中、ひときわ大きな老木「タネマフタ」。

ニュージーランドの先住民マオリの人たちが「森の神様」と呼ぶ木です。

樹齢2000年以上とも言われ、屋久島の縄文杉の姉妹樹にも指定されています。

 

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ある時、「タネマフタ」を代々、見守るマオリのご家族を撮影する機会に恵まれました。

穏やかな笑みを浮かべたエルダー(長老)のグレイスさんが森を案内してくださいます。

 

目の前に現れた「タネマフタ」。

幹の円周は13.8m。高さは51m。自ら枝を落としながらまっすぐに聳え立ち、

幹の一番上で大きく枝を広げています。

 

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枝という枝に、たくさんの種類の植物が着床し、

その中を鳥たちが飛び交い、実をついばんだり、巣を作ったりしています。

そこはまるで、もう一つの森。

 

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グレイスさんは「タネマフタ」が

「森の生命」を守ってくれていると話します。

 

そして、その「タネマフタ」を「見守る」ことが、

グレイスさんの家族に代々受け継がれてきた役目。

 

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ポリネシア語に属するマオリ語はどこか日本語の響きにも似ていて、

人を家に招き入れる時に「ハイレ、マイ」と言ったり、空のことを「アオ」、

食べ物のことを「カイ」と呼ぶなど、親しみを感じます。

 

そんなマオリの人たちが大切にする言葉に「カイティアキ タンガ」があります。

 

「カイティアキ」は「守る者」という意味で、

人も自然の一部として、生まれながらに環境を守る役割があるという

マオリの人たちの理念を現す言葉です。

 

日本風に言うと、「世話役」みたいな意味あいでしょうか。

 

グレイスさんの家族にとっては、「タネマフタ」のお世話が

「カイティアキタンガ」です。

 

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私は、グレイスさんを撮影しながら、「お世話」とは具体的にどうするのですか?

と訪ねました。

たとえば、水をやったり、育てたり、剪定したりするには、木は大きすぎるからです。

 

 

グレイスさんは

 

「見続けることです」

 

と静かに答えました。

 

 

ただ、「見る」ことが大切な「仕事」で、

そのために自分は生まれてきたのだと。

 

「見る」ことは「守る」ことで、

見ていることで、守られるものがあるのだと。

 

 

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「タネマフタ」の上にある森の中を一瞬風が吹き抜けました。

木の葉を揺らす音、小鳥たちが嬉しそうにさえずる声とともに、

 

グレイスさんの言葉は、そこにいるすべてのものに響き、

そして、残されました。

 

 

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地球に生まれた人間の役割はなんだろうと、よく考えます。

 

ミツバチが花の蜜をすうことで、花粉を運ぶように、

鳥たちが実をついばむことで、植物の繁殖を助けるように、

美しい調和が保たれる自然の循環の中で、

人という生き物の本来の働きとはなんなのでしょう。

 

人はいつも何かを作っています。

そして、まじめに作れば作るほど、

一生懸命に働けば働くほど、

 

山は消え、空気も水も汚れていきました。

 

他の生き物も巣をつくったり、食べ物のために罠を作るもの、

捕食するもの、されるものがありますが、

自分たちの環境を壊すような愚かなことはしていません。

 

そう思うと、人の性がほんとうにせつなくなります。

 

 

でも、人には自然を壊すことなくできる役割が一つあるように思います。

 

それが「見守る」ということ。

 

「見る」ことは、その対象物に必ず何かの影響を及ぼします。

 

グレイスさんの家族は「見る」ことで、

「タネマフタ」が心ない人に切られてしまうのを実際に守って来たのです。

 

目に見えないですが、見守るという優しいエネルギーは「タネマフタ」を含む森全体に

何かしら良い循環をもたらしてきたのではないかと思うのです。

 

それこそが、人の持つ素敵な能力なのではないでしょうか。

 

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映像をうつしとり、つむぐのが「カイティアキタンガ」の私たち。

カメラという目で見ることは、とても強い「力」が働きます。

 

「何を見るのか」

「どこを見るのか」

「どう見るのか」

 

カメラで見ることが、

全ての物に「喜び」の「光」をあてるものになりますように。

すべてのものを輝かせますように。

 

そして、それで守られるものを、大切に未来につないでいこうと思います。

 

 

KISANA LINESは今日で4歳になりました。

見守って頂いていることに感謝を込めて。

 

 

文:kisana(映像作家)

写真:森のカメラマン、マークアップエンジニア

 

CATEGORY: お知らせ

地球へのラブレター

 

 

カナダの北極海に面した小さな島に、旅番組の撮影の下見に行ってきました。

そこには一度、夏に行ったことがあるのですが、

冬の時期にだけここにいる、ある生き物に会いたくてこの時期を心待ちにしていました。

 

 

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島に着きました。

例年なら平均ー15度だというその島は、今年はー2度。かなり暖かいです。

 

ここで生まれ育ったバイオロジスト(生物学者)のセバスチャンが島を案内してくれます。

 

 

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「今年はいい方ですよ」とセバスチャン。

 

「いい」というのは、雪のコンディションで、今年は去年より雪がある方なのだそうです。

 

「去年は全く雪がなくて、大好きなスノーシューをすることもできなかったんですよ」

 

セバスチャンがまだましだという今年ですが、雪に覆われた大地はところどころ茶色い地肌が見えていて、私たちが想像する北極海の島のイメージとはずいぶん違います。

 

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海岸線を走ります。

 

波しぶきが道路に飛び散っています。

 

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セバスチャンは今年40歳。

物心がついてから30年近くは、冬になると島の周りが氷で張りめぐらされ、波が陸地までふりかかるのを目にすることなどなかったそうです。

 

「去年までは、まだ氷の破片ぐらいは浮いていたんですよ」とセバスチャン。

 

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確かに、目の前の海はいくら目をこらしても1辺の氷もなく、

激しい波がようしゃなく海岸線に打ちつけています。

 

 

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実は今回楽しみにしてきたある生き物に会うというツアーは

ここ10年、キャンセルされることが多くなっています。

 

生き物というのは、流氷の上で産まれるハープシール(タテゴトアザラシ)の赤ちゃん。

 

 

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©︎Rei Ohara

 

 

キャンセルになっている理由は、氷の減少です。

 

 

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「海水は2度上がり、平均温度は10度も高いんです。」

 

「島の海岸は毎年2メートルも削られています。」

 

セバスチャンが連れていってくれた展望台。

なるほど、去年までの場所から、ずいぶん内側に移動させられた跡が残っています。

 

夏に来た時、その美しい景観に見とれた赤い砂岩の海岸線。

でも砂岩ゆえにもろく、激しい風が吹く冬には荒波に簡単に削られてしまうのだそうです。

 

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そして、その波をさえぎってくれていたのが、今までは北極から流れ着く流氷で、

毎年、2月末から3月の頭にかけて、その氷の上で赤ちゃんを産み育てるためにアザラシたちはこの湾にやってきていました。

 

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©︎Rei Ohara

 

ですが、今年もアザラシはこの島に来ることはなさそうです。

 

 

楽しみにしていた冬の北極海の島で、

まさかこんな現実と対面するとは思わなくて、悲しい気持ちにとらわれます。

 

ここ10年近く、この湾までたどりつけなくなったアザラシの多くは、もっと北にある陸地の上で赤ちゃんを産んでいるのだとか。

その分、天敵のシロクマに襲われる機会は増えているのでしょうが、

聞けば、深刻なのはシロクマの方だそうです。

 

氷の上に乗って海の生き物をハンティングをするシロクマは、流氷がないと海へ出られず、今、劇的に数が減っているのだそうです。

 

数年前にシロクマの撮影をした際も、雪ではなく草原に寝そべるシロクマが印象的でした。

 

 

仮編 チャーチル

 

漁に出れず飢えたシロクマたちが食料を探して人間が住む町の近くまで来ていたのです。

雪にカモフラージュするための白クマのはずなのに、

これでは、いつか緑クマになってしまうかもしれません。

 

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温暖化が叫ばれてから久しくたちます。

今も、賛成派、反対派の議論が続いています。

もちろん、地球は生きていて、どこかが暖まればどこかを冷やすように、一生懸命バランスをとろうとしています。

 

ただ、野生の生き物にとっては、変化が急すぎるのではないかと思うのです。

少しづつ変化するなら、何世代もかけてその変化に身体も対応していけるでしょう。

でも、近頃の異常な気候変動の早さには、生き物たちはついていけません。

 

人間のように、寒いからと言ってたくさんの燃料を使って暖房を入れたり、逆に

暑いからとクーラーをがんがんにかけて冷やすなんてことを他の生き物はしないからです。

 

きっと温暖化の影響は大地の上だけでなく、海の中の生き物にも及んでいることでしょう。

 

こうして、たくさんの生き物の種が減って行くのを見続けるのは本当に悲しいことです。

 

どうしたら、この変化をもう少し緩やかにすることができるのでしょう。

 

私たちは地球という大きな生命体の一部です。

 

自分の身体を気遣うように、

みんなが地球の声にもう少し耳を傾けながら生きていけば、

きっとどうすればいいのか自ずとわかる気がするのです。

 

 

澄んだ水と綺麗な空気を常に私たちに与え続けてきてくれた地球に、

どうか感謝の気持ちと、思いやりを。

 

 

自分を産んでくれた地球にみんなが両親を思うような優しい気持ちになれたなら、

この変化をくいとめることができるのではないかと信じています。

 

まずは、自分のまわりでやれること、まだまだあると思います。

 

2017年のバレンタインデーに

KISANA LINESは地球に愛を贈りたいと思います。

 

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©︎Rei Ohara

 

撮影:小原 玲

文:KISANA LINES 映像作家

 

CATEGORY: お知らせ

希望のことば

 

昔、言葉がなかった時代、人も動物も植物も、

全てのものはテレパシーでコミュニケーションをとったという話を
聞いたことがあります。

 

ある時、食べ物を隠した場所を他のものに知られるのが嫌な
「人間」が出て来て、自分たちのテレパシーの能力を捨て去ったのだと。

 

そして、それまでは、選ばれた人が特別な時だけに「祈り」として
マントラのように使っていた「ことば」を、誰でもが使える
コミュニケーションの手段として使うようになったのだそうです。

 

もともと「言葉」には病気を直したり、天気を変えたり、
希望を現実にする「霊力」が宿っていたのですね。
だから、「言霊」ということばもあるのですよね。

 

この世界には、まだまだ悲しくて、心が苦しくなるような出来事もたくさんあります。
そんな時、暗闇の中に「希望」の光を見つけ、それを「ことば」にして

空間に浮かせるようにそっと声に出してみましょう。

 

希望に満ちた「ことば」は宇宙に響き、
地上に「喜び」の光をふらせます。

 

こうして、どんどん素晴らしい世界をみんなで創っていけたなら、
なんて、ステキなんでしょう。

 

「希望のことば」は世界のドアを開きますね。

 

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2017年は、「わくわく」や「希望」が今までよりもっと早く

現実化して行く年になるような氣がして仕方ありません。

 

話すことばに、今までより意識を向け、

全ての「ことば」に「愛」をこめながら話してみようと思います。

 

いつか、「ことば」を超えて、すべてのものがわかりあえる世界が

来ることを信じて。。。

 

今年もよろしくお願いします。

 

Wish you a Happy New Year

 

タイトル ハートの中のくじら

 

KISANA LINES スタッフ一同

 

 

CATEGORY: お知らせ

奇跡に満ちる

 

 

夜中から降り出した雨が、明け方やみ、

朝もやの中で木々の緑がしっとしり気持ち良さそうです。

 

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木や草はいくら渇こうと、ただじっと

自然が雨をふらすのを待ちます。

 

 

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自然の状態でじゅうぶんに満たされていることを植物は知っているのですね。

 

 

人は、飽くなき欲望に突き動かされ、

何かを作っては破壊するということを繰り返していますが、
これは、自然のままでいるだけですでに満たされているということに、

いつか気づくためのプロセスなのでしょうか。

 

だとしたら、他の生き物に申し訳なく思います。

 

 

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宇宙のリズムにそって生を営む植物たちに、時々、そっと注意を向けるだけで、
気づきをもらえることがたくさんあります。

 

 

 

たとえば、都会の真ん中のアスファルトの隙間から

一輪の花が咲いていているのを見つけたとき、

 

 

家の前の鉢植えの朝顔が、種もとらずに冬の間ほおっておいたのに、

みずから種を土にまき、翌年も満開の花を咲かせてくれたのを知ったとき、

 

 

 

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草むらの中に偶然に綺麗な配色で並ぶ葉っぱを見つけたとき、

 

 

 

 

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オブジェのように可愛い木の実を見つけたとき、

 

 

 

 

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自然が起こす小さな奇跡は、いつもとてもセンスがよくて、嬉しくなります。

 

 

 

 

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こういうことに気づくだけで、毎日の生活がとても輝きを増します。

 

 

私たちは、普段、自然を考えるとき、

つい地球のことだけを考えてしまいがちですが、
地球は宇宙の中のひとつの星です。

 

地球上で起こることは、宇宙にまで影響をおよぼします。
みんなが、宇宙にいる他の生命のことも意識しながら

日々暮らすようになればいいなと心から思います。

 

 

 

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ちょうど今、仲間たちが、今年もまた中国の沙漠に木を植えにいってくれています。

今年の春に植えた木の苗にすでに緑の葉がわさわさと茂り、
早くも沙漠に林ができているという嬉しい知らせをもらいました。
なにより、現地でその木々を見ているみんなの笑顔がとびきり幸せそうで、

心に花が咲いているのが見えるようです♬

 

 

 

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実は、KISANA LINESも、先月から、木を植え始めました。

 

桃やナシなどの果実のなる木や、もともとその土地に自生していた木など、

少しづつ種類を増やしていこうと思っています。

 

そして、いつか「木の図書館」として、「映像図書館」と一緒に

未来に届けられたら素敵だなと考えています。

 

 

 

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未来の子ども達の笑顔を想像しながら木を植えるのは本当に楽しくて、

 

木を植えることで、未来とつながる喜びに満たされます。

 

 

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さて、この夏、予定していた「宇宙の子マサの この星の奇跡つなぐ冒険」episode.2の

リリースが遅れています。

 

最近は、マサ君自身の冒険の速度が早くて、物語の制作が追いついていませんが、

物語をはるかに超えて、マサ君が出会う現実そのものが奇跡に満ちているのを

嬉しく感じています。

 

 

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他の作品の撮影も日々すすめています。

 

未来に届けたい「希望の種」は世界中にたくさん落ちていて、

その種をひろい、育てることにも意識を向けています。

順次、編集していきたいと思っていますので、
見守って頂けるとありがたいです。

 

 

写真:海のカメラマン・森のカメラマン・宇宙の子マサ

文:KISANA 映像作家

CATEGORY: お知らせ