オオクジャクサン

 

明日から3月。

大地の下で春の訪れを待っていた虫や草花がそろそろ大地に姿をあらわす頃です。

 

日本のファーブル、クマチカさんの愛称で親しまれた熊田千佳慕さん。

98歳でなくなるまで、生涯を通して昆虫の細密画を描き続けられた方で、

虫たちに向けられるまなざしの愛の深さには圧倒されます。

 

 

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そのクマチカさんが書かれた「私は虫である」という本の中に

「オオクジャクサン」というタイトルの文章があります。

 

オオクジャクサンとは蛾の一種で、アーモンドの根元に産み付けられた卵から生まれ、

幼虫から成虫になるまでアーモンドの葉を食べて育つのですが、

人間からは害虫と呼ばれ駆除されてしまいます。

クマチカさんは、オオクジャクサンの目線になってその悲哀を表します。

 

「神さまの教え通りにアーモンドの葉を食べているだけなのに。。。

神様が決められたものだけを食べているのに。。。」

 

これを読んで、オオクジャクサンに申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

オオクジャクサンがアーモンドの葉を食べるのは、オオクジャクサン自身が選んだわけじゃなく、自然の法則としてそうなっているのに。しかも、オオクジャクサンはアーモンドの葉しか食べられないのに。食べたからといって殺されるなんてあまりに不条理だなあと。

 

 

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食物連鎖の中にいる生き物はすべて、自然の法則によって決められたものを食べるように

生まれついています。それで地球の循環が保たれるようになっているのですね。

たとえば鳥は自分の好みの木の実を食べ、その木はその鳥に種子を運んでもらい、

鳥の行動範囲で木は増え広がっていきます。お互いに強力しあって命をつなぎ、どちらかの数が増えすぎないようにバランスを保っています。

 

 

地球に必要のない命などなく、

せんぶの命で地球という一つの「生命体」を構成しているのです。

 

 

休憩

 

 

それなのに、人間はずかずかとその完全なる循環の中に割り込み、乱し、

あげくの果てに食べるためでなくとも、自分勝手に他の生き物の命を奪います。

 

 

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美しい海の命の環をこわし、貪欲に魚をとる人間。

豊かな森林を切り開いて牧場を作り、牛を飼う人間。

生き物に化学薬品を加え腐らない食品を大量に作り、大量に廃棄する人間。

 

この傍若無人な人間の行いを、自然の法則がいつまで許してくれるのだろう。。。と
心から心配になります。

 

 

 

ただ、私たちは可能性も持っています。

 

最近、「Bye Bye Plastick Bags」という、バリの学生たちが主催するプラスチックゴミ問題に取り組むプロジェクトの撮影をしたのですが、その主催者の姉妹のインタビューの中で感動的だった言葉があります。

 

We are the problem,We are also the solution.

(私たちは「問題」であると同時に「解決策」でもある)

 

問題を起こしたのが人間ならば、その人間こそが解決策になれるのです。

 

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一人一人が、地球という星に自分を重ねあわせ、「地球」という身体がどのような状態だと心地いいのかイメージしたり、もう少し虫目線や鳥目線、魚目線や植物目線になって行動するだけで、人間だけではない、地球を構成する全ての命のバランスをとることがいつか必ずできると信じています。

 

 

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「病気」が「健康」に対する「気づき」となるように、

今、地球上で起こっている「問題」が地球を「パラダイス」にする「きっかけ」と

なることを願います。

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

ただ今、世界の海を漂流するプラスチックゴミという問題を通して、

世界中の人とつながり、希望や喜び、感動を分かち合う活動をする、ある青年の物語を

製作中です。リリースまでもうしばらくお待ちください。

 

 

文*KISANA LINES映像作家

写真*森のカメラマン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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宇宙の木

 

撮影で大きな木に会うことが多いです。
木のとなりに立つと不思議と落ち着きます。

 

木には、私たち人間がはかりしれない叡智が蓄積されていていて、
だから、木に会いにいくと、その叡智を少しだけわけてもらってるような、
言葉ではない何かで会話しているような、そんな気持ちになるのだと思います。

 

 

背高杉

 

 

木に寄り添っていると、自然と涙が出るときがあります。

泣きやんで木を見上げると、そこに空があり、
その空の向こうには宇宙があるのだなあと思うと、
もしかすると木は、二酸化炭素を吸って酸素を生み出すのと同じように、
私たちの感情を吸い取って、空に、宇宙にときはなち、
奇麗なエネルギーにしてくれているのではないのかという思いになります。

 

 

こなら a

 

 

木は上にばかりのびている訳ではありません。

 

 

杉の根a

 

 

土の下に根を張り巡らし、近くの木の根たちと折り重なって、微生物を育んでいます。
さらには、地中深くから水を吸い上げ、地面のすぐ下に豊かな水脈を保ちます。

 

 

上高地c

 

 

地下水は、根から木の幹へ、下から上へとすいあげられ、枝葉をうるおし、

やがて酸素となり、空へと解き放たれます。

まさに、木は大地と空をつないでいるのですね。

 

雨の時も、風のときも、いつも静かに立ち、

ほかの生き物を受けとめ、抱き、育み、
人がつくった時間などとは関係なく、
宇宙のリズムとともに生きている木。

 

 

背高杉a

 

 

木はやっぱり神様のような存在だなあと思います。

 

 

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各地に移住し、それぞれの場所の環境の一部として絵を描き続けるFuuyaumのものがたり、
「くうのお絵かきepisode.2」にもそんな地球の長老のような木がでてきます。

 

ふ〜やん kanpake ep02

 

Fuuyanmは木と向き合うとき、その木が小さな種だった頃から枝や根がどんどん伸びて
大きな木に成長するまでのすべてを感じると言います。

 

そうやって自然と向き合うなかで、「いのち」のエッセンスがFuuyanmの身体に入り込み、
Fuuyanm自身の一部となり、満ちて、絵となって飛び出してくるのです。

 

自然とよりそい一体となるFuuyanmの映像を通して、宇宙がかなでるリズムに身をゆだねる心地よさを感じていただければと思います。

 

episode.2 もうすぐリリースです。

 

 

文:KISANA LINES映像作家

写真:映像図書館 司書*写真家

 

CATEGORY: お知らせ

表 現

 

昨日の十五夜のお月さま、奇麗でしたね。

今夜はスーパームーン。

夜空を見上げるたびに、地球の上に立って宇宙に浮かんでいる自分を想像します。

小さい頃から大好きな「星の王子さま」の表紙の絵のように。

 

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今は、ある女性の絵描きさんが、
森の中にある、たくさんの「いろ」や「もよう」や「リズム」に心をわくわくさせながら  旅をする物語を編集しています。

 

 

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日々、出会うたくさんの物語は、まるで奇跡のようです。

ご縁が重なりあって、うまく自分の中の機が熟すと、映像を紡ぎはじめます。

 

 

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何を表現したいのかなと、よく自問自答します。
最近気づいたこと。
表現とは、限定された「もの」や「ひと」という現れた「結果」を表すのではなく、
現れているという「状態」を表すことなのだなと。

 

 

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この宇宙にはとどまっているものは何ひとつありません。

人が呼吸をするように、水が流れるように、自然は絶え間なく移ろいで行く。

 

「移ろう」という言葉には、感傷的な、ややネガティブなイメージがある気がしますが、

実は「移ろう」ことで、すべては「今」を生きているのだと思います。

 

 

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全ての分子、原子、量子は振動を続けているので、
一時も止まっているものなどこの世にはありません。

 

だから、どんなものを映しても、それは動いている。
そして、その動いている「状態」こそが、「自然」なのですね。

 

 

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「愛」であったり、「喜び」であったり、「幸せ」だったりも何か形があるのではなく、

その「状態」こそが「愛」であり「喜び」であったりするのだと思います。

 

 

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アーティスト本人も表現しています。
その「表現」をさらに「表現する」のが、映像の役割。

アーティストの「わくわく」や「喜び」という「状態」、
森や水が「いきいき」している「状態」が伝わればいいなと思います。

 

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9月中にはリリースと思っていましたが、少しだけおくれそうです。
いつもながら、編集が遅くてもうしわけないです。
あきらめないで、お待ちいただいていることに感謝を込めて。

 

KISANA LINES  映像作家(文)

森のカメラマン( 写真)

 

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緑 色

 

皆さんはなぜ、木の葉が、緑色なのかご存知ですか。
「光合成」の仕組みのことではなく、もっと、根源の「色」のお話です。

 

そうです。葉っぱは「緑色以外」の色を全部、吸収してしまい、
「緑色だけ」を反射するので、私たちは葉っぱが「緑色」に見えるのだそうです。

 

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ということは、本当の葉っぱの色は、

「緑色以外のすべて」ということになりますよね。

 

 

海が青いのも、

 

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花が赤いのもすべて同じですね。

 

 

 

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そう思うと、表面的に現れているものは、実は本質ではなくて、
ものの本質というのは目では見えないところにあるのかなと思います。

 

これは、理屈ではわかった気がしても、具体的にはとても深淵な事柄です。

特に私たちのような映像を映すことを仕事としている者にとっては
きわめて切実な問題です。
一生懸命、被写体を表すために撮影しても、私たちには表面的な色信号を

映すことしかできず、永遠に本質を撮ることはできないのですから。
そう思うと、ちょっと切なくなったりもします。

 

 

海は実際には何色をしているのでしょう。

 

 

 

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自問自答を重ねながらも、映像を映し伝える者は、

様々な角度から対象物をとらえ、光を待ち、

瞬間ごとに少しづつ変化する色を追い、なんとか本質を映し出そうとします。

 

 

 

 

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本質に迫ろうとします。

 

 

 

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一瞬、一瞬、違う表情を見せ、毎瞬、変化しているものなのですが、

トータルで見ると一つのもの。

 

 

全てであり、一であるもの。

 

 

一番、身近なところで言えば、私たちは生まれてから今までずっと

成長したり衰えたり、見かけ上の変化を重ねていますが、
ずっと自分であることに変わりはありません。
私が私以外のものになることはできない。

 

見かけ上の変化にとらわれず、そのものであり続けるもの。

それが本質です。

 

 

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その本質を見つめ、 物語として伝えることが、KISANA LINES の宿命だと考えています。

 

 

では、その本質は、いったいどうやって表せばいいのでしょう。

 

 

たとえば、色や形にとらわれない「香り」や「湿度」で表すことができるかもしれません。

ですが、今のところそれを具体的に映像で映しとることはできません。

 

ただし、「香り」や「湿度」などを含む本質から伝わる「感覚」を、媒介者を通して、

その「表情」や「言葉」で伝える方法はあるかもしれません。

 

「アート」も一つの手法だと思います。
本質を表現するのがアートの原点なのですから。

 

 

そして、さらに「本質」に近づくためには、こうして様々な手法で伝えられる

「言葉」の行間であったり、「表現」の背景を感じとるための、

受け取り側の「意識」もとても大切なのもだと思えます。

 

つまり、全ての表現は表現者からの一方通行ではなく、受け取る側の影響が加わりながら、

双方向で一つの表現が成立しているのだと思うのです。

 

 

KISANA LINESの物語も、一方通行ではなく
見てくださっている方々の感性というバイブレーションが加わることで、
少しづつ本質に近づきながら、伝わっていけばいいなと願っています。

見えないものの向こう側にある「いのち」をみんなで見つめていければいいなと思います。

 

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さて、先日、7月7日七夕の日にリリースした「しあわせの発明」episode.4は、前回のepisode.3とともに発明家である藤村靖之さんに、博士の発明の基盤ともなっている

「愛の哲学」を語っていただきました。

 

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博士の言葉を紡いでいて気づいたことがあります。
それは、博士の表現はいつも強制や押しつけ(一方通行)ではなく、提案(双方向)という形をとられているのですね。

 

だからこそ、受け取り側に参加意識が生まれ、実際に博士の提案を実行に移す人たちが多いのだなと納得させられます。

博士の哲学に、受け取り側の意識を重ねあわせ、みんなが発案者となり、それぞれの中から生まれる「わくわくするアイディア」を、具体的な活動として表現していく。

 

 

「わくわく」が「わくわく」を生みだし、果てしない表現がどんどん広がっていくことで、いつか「本質」のしっぽを掴む時が来るかもしれません。

 

 

こうして、新しい文明が開かれていくのって、本当に「わくわく」しますね。

 

 

 

KISANA LINES 映像作家

 

CATEGORY: お知らせ

平和の種(たね)

 

今日はこどもの日。
そして、KISANA LINESの生まれた日でもあります。
まずは 応援してくださっているみなさん、撮影させてくださった方々や自然、支え続けてくれている仲間、KISANA LINESが生まれ育ってくる途中で出会ったすべての人や起こった出来事に、ありがとうございます。

 

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先日、京都の山間部で行われた「こどもまつり」というフェスティバルに参加しました。

360度 山に囲まれた野外で、こどもたちに混じって大人も一緒にのびのびと走り、
遊び、おどり、食べ、ねころび、歌い、奏でる、とてもピースフルな おまつりでした。
おまつりのコンセプトは、未来を担うこどもたちに本当の豊かさや平和な社会とは何かを 身体や感覚を通して実践的につかみとってもらおうというものです。

近隣の町や海外の方々を交えることで平和の輪を広げていこうという素敵な企画。

撮影班の私たちは、「未来」というキーワードで参加している大人や子どもにインタビューをしました。

 

大人はそれぞれ真剣なまなざしで こどもたちの未来を願う気持ちを話してくださいました。

続いて、こどもたち。遊んでるこどもたちに一人づつ、「このフェスティバルどう?」

と聞くと、みんな目をキラキラさせながら 「楽しい!」と答えます。

そこで、本題の「未来」について、私たちが小さい頃 よく大人たちから質問されたお決まりのフレーズ、「大人になったら何になりたい?」や「将来の夢は?」など、「未来」という言葉をやさしい表現に置き換えてたずねてみました。

すると、どの子もみんな一様に「今が楽しい!」と答えるのです。
「あれ、将来の夢とかないの?」と重ねて聞いてみても、
「今が楽しいから」としか返ってきません。もちろん、一人づつ別々の場所で聞いてるので隣の子の真似をしているわけではありません。

子どもが未来に夢をもつことさえできない不安な社会なのかなと悲しくなりましたが、

そのあと、気づいたのです。

 

こどもたちには「未来」という概念がないのではないかと。

同じく「過去」という概念もきっとないのではないでしょうか。

 

あるのは「今ここ」だけ。


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小さい頃、同じ質問をされた私はそれなりのことを答えていた気がするし、
今も、将来の夢を語るこどもたちも大勢いるとは思うのですが、
それは、大人やテレビや学校からすりこまれた こうあるべきという模範的な回答で
実は、子どもにとって「未来」は未知で無限で、
「今ここ」には存在しないものなのかもしれません。
そして、さっきまで泣いていた子が次の瞬間には笑っているように
子どもは「過去」もひきずらない。

 

考えてみると、今、何かに悩んでいる人の悩みって、全部、過去に起こった出来事や未来を憂うものであって、「今」この瞬間に由来するものではないですよね。
悩んでいる人が「今」していることは、「過去(たとえば昨日)」に起こったことを

「悩んでいる」、または、起こってもいない「未来」を憂いているという行為であって、

今、この瞬間に悩みの原因となることに対面しているわけではないのです。

 

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H2Oという水の分子は、水素Hと酸素Oという原子が結合してできていますが、実は

毎瞬、結合と分離を繰り返していて、二度と同じHとOがくっつくことはないそうです。
つまり同じH2Oという記号で表わされても、まったく同じ水の分子は存在しない。
そういう意味では、70%が水分の私たちの身体の中の水も瞬間ごとにどんどん違う分子に変化していて、厳密には昨日の自分はいないのですよね。
もちろん、回りの人も物もすべてそうです。

 

だとしたら、過去の自分に起こったことを悩んで「今」を過ごすより、「今」を喜び、

「今」という奇跡に感謝しながら過ごす方が楽しいし、そんな「今」を積み重ねていけば、きっと喜びに溢れた「未来」になるのではないかと思います。

もちろん、過去を反省することも大事だし、時には「悩む」ことも大切だと思いますが、

その「反省する」や「悩む」ことを苦しむのではなく、「味わう」という意識でのぞめば、それは、「学び」というポジティブな「今」に変換されるような気がします。

 

それにしても、無数の組み合わせの中で起こる「奇跡の今」を生きるのって

なんて素晴らしいのでしょう。

 

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KISANA LINESは「未来に届ける映像図書館」として、2年前の今日、スタートしました。
その主旨には、今の地球は未来の子どもたちからの預かりものなので、

完全な形で未来に返したいというメッセージが込められています。
それは「未来」を完全な形にするのではなく、「今」を完全にするこという意味です。

 

これからも、奇跡のような「今」が奏でる物語を未来に繋いでいきたいと思っています。

 

世界中の子どもたちに蒔かれた「平和の種」が育っていくのを見守りながら。。。

 

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さて、今日、リリースした「しあわせの発明」episode.3 は、「しあわせ」に「今」を生きるための藤村博士の「愛の哲学 part.1」です。part2も間もなくリリースします。

CATEGORY: お知らせ

Rainy Sunday

 

 

雨の日曜日。
したたる雫が樹々の緑を色鮮やかに彩るのを見ながらお茶を飲んでいます。

 

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旅が続いています。

 

そそっかしい私は、旅の途中、しょっちゅう色んなものを忘れたり、なくしたりします。

眼鏡はいくつ失くしたかわからないし、携帯電話、本、家や車の鍵、カメラ(!!)、

持ってるものは何でも忘れてしまいます。
立ち寄ったお店の人が私の置き忘れたバッグ(旅の途中だとパスポートも入ってる)

を持って追いかけて来てくれることは日常茶飯事で、

私の仲間はもう誰も驚かないし、心配もしてくれません。
自分としても反省はするのですが、また同じことを繰り返してしまいます。

 

その理由は、大事なものはなくしても必ず戻ってくるという幸運に恵まれていることと、

何かをなくすと何かを得るというジンクスを私が信じているからではないかと思います。

 

今回の旅でも、私にしては珍しく(^^;)長く愛用することができた眼鏡を

夜の湖に落とししまうというハプニングがありました。

近眼で夜盲症の私が眼鏡なしで一人きりで夜の山道を運転して帰るというのは自殺行為。

途方に暮れつつ、その日友人が日本から送ってくれた箱をあけると、

なんとおとぎ話のように新しい眼鏡が入ってて、偶然にも窮地を脱することができました。

(友情に感謝(_ _*))Lost the glasses,Got new one.

 

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他にも、泊まる宿が見つからないまま、招かれていたホームパーティに出かけ、

帰り際、どうしても車の鍵が見つからず、パーティの主催者の家にその後1週間も居候させ

てもらうことになるという好意に助けられたり、Lost the key,Got to stay

 

訪問先に行く途中道に迷い、間違ってたどり着いた家の人とソウルメイトのように仲のいい

友達になってしまったり、Lost the road,Got the best friend

 

数えあげればきりがないほど、何かをなくすたびに、何か大切なものに出会ったり、

いただいたりしています。

 

雪山

 

そして、そのたびに思い出すフレーズがあります。

 

Once we meet,we are becoming a part of each others stories.

 

アラスカで出会ったエスキモーのおばあちゃんからいただき、

前にもこのブログで書いたことがあることばです。

直訳すると、私たちがひとたび出会うと、お互いの(人生の)ストーリーの一部になる。

 

つまり、それまでは見ず知らずだった人と出会った瞬間、

その「見ず知らずな人」は「知り合い」に変わります。
その後、親しくなるかどうかは別としても、もう見ず知らずの人にはぜったい戻らない。
その後の一生を通して「知り合い」になるのです。
これって、すごくステキなことではないですか?

 

出会いは人だけにとどまらず、自然や生きものや物との出会い、
「知ること」にもあてはまります。
ひとたび何かを知ってしまえば、知る前の自分に戻ることはもうできません。
そのことを知っている新しい自分の物語がそこから始まり、また新しいことを知り
それはエンドレスに続きます。
そこには限界はなく、果てしなく広がっていきます。

そう考えると、世界中の人が知り合いになることだって不可能ではないように思います。

 

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だったら、失うことをそんなに恐れなくてもいいのではないかと、変な言い訳したりして

私の忘れ物癖はいっこうになおりそうにありません。

 

それでも、やっぱり大切なものは失わないように気をつけようと思いますし、
それこそ、大切な「知り合い」はなくしたくないと絶対に思います。

 

ましてや、戦争で「知り合い」をなくしてしまう状況だけは
何があっても作ってはいけないと思っています。

 

*** *** *** *** *** *** ***

 

さて、新作のお知らせです。
愛の発明家、藤村靖之博士の「しあわせの発明」の続編をもうすぐリリースします。
みんなを「しあわせな暮らし」へと導く博士からの提案です。


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KISANA LINES 映像作家

CATEGORY: お知らせ

あきのいろ

 

一雨ごとに深まる秋。

 

https://kisanalines.com/blog/wp-content/uploads/2014/11/01.jpg

 

幼いころ、樹々の紅葉を見るたびに
神様はなんて素敵な計らいをするのだろうと思っていました。

花は若い時に咲き誇り、歳をとったらしおれて散って行くのに、
木の葉は最後の最後に、こんなにもあでやかに、
華やかさをまとわせてもらえるなんて。。。

 

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ただ、自らの命を焼き尽くすかのように燃え立つ
紅葉のあまりの美しさに、せつなさも感じ、
長い間、秋が苦手でした。

 

 

大人になると、秋の味わいが少しづつかわって来ました。

 

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山々を染め上げ、
燃え尽きるかのように葉っぱが散っても、
季節はめぐり、枯れた枝には新しい命が芽吹き、
命に終わりがないことを知ったのです。

哀しみは少しやわらぎました。

 

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そして、さらに歳を重ねて気づいたことがあります。

 

色づく葉っぱのすべての色は、
宇宙の中でたった一度きりの色。

 

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どの色も

きらめくような「生」を喜び、
「今」を輝く色なのだと。

 

 

そこには終わりもはじまりもない。

ただ満ち足りて ここにある。

 

 

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悲しくなくなりました。

 

命の「一瞬」に内包される「全てのみなもと」に
やっと目を向けることができるようになったからだと思います。

 

 

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老いてゆくことは、
自分が豊かになる素晴らしい経験よと 言った
母の言葉が 理解できるようになってきました。

 

たしかに、日増しに生きている感覚が強くなり、

毎日、たくさんの発見があります。

 

そして、むかしむかし知っていたことを思い出せるようにもなりました。

 

 

新作の「あきのいろ」

秋の夜長に味わっていただければと思います。

次回リリースも間もなくを予定しています。

 

KISANA LINES映像作家

CATEGORY: お知らせ

ギフト(才能)

 

諸事情で長らくリリースが遅れています。
色々なことがあったここ数ヶ月でした。
とても難しい毎日でしたが、たくさんの気づきに恵まれました。

楽しいことも悲しいことも全てを体験するために生まれてきた私たち。
いただいた「生命」を経験するということこそが素晴らしい贈り物なのだと

かみしめながら、毎日を過ごしました。

 

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さて、その贈り物、英語ではギフトと言いますが、このギフトには別の意味があります。

それは「才能」。
つまり、才能は贈り物なんですね。

全ての人は、それぞれ違った贈り物(才能)をたずさえて、この世に生まれてきています。
どの才能が高いとか甲乙はなく、一つ一つの音が響き合うことで素晴らしい交響曲ができるように、それぞれの贈り物(才能)には完全な役割があり、組み合わさることでより素晴らしい作品ができあがるのだと思います。

そういう意味では生きとし生けるものはみんなアーティストですね。

 

さて、前置きが長くなりましたが、今日は、アートを紡ぐことを生業としているKISANA LINESのウエブデザイン担当のデザイナーさんのお話。

 

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彼女はKISANA LINESの構想を聞くなり、TOPページのクジラの絵をさらさらと描いてくれた才能に溢れた人。
彼女が、アーティストとデザイナーの違いを説明してくれたことがあります。
アーティストは自分の中から沸々と沸き上がる才能を作品として現す人のことで、

デザイナーはその作品を、見る人のためによりよく表現する人のことなのだと。
彼女いわく、アーティストの方がデザイナーより才能が必要なのだという説明でした。

 

ですが、私にはデザイナーにもとても優れた才能が必要に思えます。
「美」への研ぎすまされた眼差しと、こだわり。
線1本、太さや大きさ、配置、配色、全てに絶妙にバランスをとりながらの美の表現は
数式のような完璧さを求められ、できあがったデザインを見せてもらうたびに、
正解は一つしかないのだといつもうならされます。

アーティストの作品の神髄をとらえ、それを花開かせるのもデザイナーの大切な仕事で

作品を生かすも殺すもデザイナーの腕次第です。

 

私が最も彼女を尊敬する点は実はそこにあります。
デザイナーはいつも主体がアートであったり、クライアントの意向であったり、見る人であったり、他者なんですよね。
「我」を消し去ったところにある究極の美しさの表現。
それは、どこか、雪の結晶や昆虫の模様、砂に刻まれた風紋など
森羅万象が奏でるこの世にたった一つの造形美と重なります。

 

大きな口を開けていつも楽しそうに笑う、ファンキーでお酒好きの彼女が
デザインに向かう時に見せるシリアスな表情を見るたびに
彼女が持って生まれてきた「ギフト」に「ありがとう」の気持ちでいっぱいになります。

 

今夜もまだどこかで飲んでるだろうデザイナーさんへ。
感謝と尊敬を込めて。
でも、お酒はほどほどにね^^

 

 

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新作のリリースは11月上旬を予定しています。

 

KISANA LINES映像作家

CATEGORY: お知らせ

森のカメラマン、海のカメラマン

 

今日は、KISANA LINES映像図書館を支えてくれている仲間たちのおはなし。

みんな、自分の職業をライフワークとし、それぞれ一線で活躍している人たちですが、

今回は、忙しい仕事の合間をぬって撮影に出てくれている二人のカメラマン

(本当はもう一人いるのですが、彼の話はまた追って)のことを書いてみようと思います。

 

まずは、森のカメラマン。
森のクマさんのような風貌で、一見おっとりとしているように見えますが、獲物(!?)を

逃がさないための用意は周到(撮影のための準備は万端で、集合時間の1時間前には

来て待っている)で、いつも撮影現場を支えてくれている頼れる人です。
暑い場所よりも涼しい場所を、海よりも山を好む傾向はありますが、基本、自然が大好き。
森の中に入ったら、野生動物のように黙々と草むらの中を歩き、葉っぱから落ちる雨粒や、森に満ちる光を、ただひたすら撮り続けます。

 

ウユニ塩湖3

 

一見、昔気質のようですが、新しい撮影法を取り入れることには柔軟で

タイムラプス(微速度撮影といって、定点カメラで流れる雲などを撮影する技法)で

星空や雲やお月さまなどを撮るのを趣味にしていたり(プロをつかまえて趣味とよんでは

いけないのですが、寝る間を惜しむその夢中度を見ていると「好き」にまさるものはない

んだな〜と思ってしまいます^^:)、最近は、新しい特殊撮影法に挑戦しているようで、

次は空のカメラマンになる!と豪語しています。

どんな映像を撮ってくれているのかは、近いうちにKISANA LINESの映像物語で

ご覧いただけることになると思います。

 

さて、そんな森のカメラマンと一緒に、これまでたくさんの森を撮影してきましたが
彼が話した言葉で印象に残っているものがあります。
朝一番に鳴く鳥たちを撮影するために森の中で夜明けを待っていたときのこと。

 

「ずっと動かんと(動かないで)、おんなじ(同じ)場所になごう(長く)座ってたら、

今まで見えへんかった(見えなかった)ものが見えてきますな〜<by京都弁^^>」

 

難しい理屈を言ったり、本で読んだ知識をひけらかすなんてことは決してせず、

スピリチュアルにもほど遠い実践肌の人なのですが、

ときどき、こういう深い一言をぽそっとつぶやくように言うのですよね。

 

アラスカ2

 

この森のカメラマンの言葉どおり、普段、見えない(と思っている)ものを映像に紡ぎ

とらえることがKISANA LINESの大きなテーマだと思っているので、

こうして淡々と光や水や空を追いかけ続けてくれる森のカメラマンには本当に感謝です。

 

 

続いては、海のカメラマン。

朝、「おはようございます」と言ってから、夕方「お疲れさまでした」と言うまで、

ほとんど何も話さない、寡黙なカメラマン。といっても、気難しかったりナイーブだったりというようなややこしい性格ではなく、いたって社交的で友達も多く、誰といてもにこにこ

しながら人の話に耳を傾け、意見を求められた時だけ言葉少なに話す温和なタイプ。

 

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でも、そんな彼がいったん海の中に入ると、これが別人のようになるのです。
それこそ、獲物(海の生き物)を追う機敏さは、まさに彼自身も海の生き物ではないかと思わせるほどで、縦横無尽に水中を駆け巡ります。
どうやら、そんな彼を仲間だと思うのか、被写体である海の生き物たちも逃げようとはせず、近づいて来てベストショットを撮らせてくれるようです。

彼とボートで海に出たときは必ずクジラやイルカが顔を見せてくれます(きっと、同じ波長を持っているのだと思うのですよね)。おかげで世界中の海で沢山のクジラたちを撮影することができました。

 

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さて、そんな水中カメラマンが発した数少ない(^^)言葉の中でよく覚えているのが、
「ぼくは自分で体験したものしか信じないんですよね」というフレーズ。
人の噂話などは真に受けず、自分が実際に会って感じたことだけを信じるという姿勢。
それは、撮影にも反映されていて、たとえば水中で奇麗な珊瑚のお花畑を見つけても、

彼はそのお花畑をただすんなり奇麗に撮るということはしません。

そのお花畑にはよく見ると沢山の生き物たちが住んでいます。
珊瑚にくっついた いそぎんちゃくにクマノミ(ニモのモデルになった魚)が顔を出してはひっこめたりしながら隠れていたり、時には珊瑚の岩の間に凶暴なウツボが潜んでいたり。
大小、強弱、関係なく、お花畑の住人たちはみんな一様に、海の中の流れに身をまかせ、

まるで風に揺られる木の葉のようにゆらゆら  たゆたいながらも、流されることなく自分の居場所を確保して生きています。
その同じ流れに自分自身をゆだね、彼らの生活を体感しながら撮影する水中カメラマンが

撮る映像にはいつも「奇麗」を超えた「命のきらめき」が映し出されています。

 

 

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森の木のようにグラウンディングする森のカメラマンと、

海の生き物のようにしなやかに調和する水中カメラマン。

この二人が撮ってくれた映像を紡ぎあわせた「Songlines/声ものがたり」の

「宇宙(そら)ごよみ〜森のかみさまと海のかみさまが結ばれて〜」。

次の物語がリリースされるまで、是非、もう一度、楽しんでいただけたらと思います。

 

KISANA LINES 映像作家

 

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森と海をつなぐヒーロー

 

 

KISANA LINESの新作は
森と海をテーマにした映像エッセイです。

 

いのちの地球n

 

大地と海の景色は似ているなあと、よく思います。
大地に森があるように、海の中にも森があったり、岩場があったり、
砂漠があったり、草原があったり、お花畑があったりします。

そして、ぞれぞれの環境に適した生命がそこに暮らしています。

 

珊瑚の岩場に隠れるウツボや、砂漠のような海底の砂地に埋もれ隠れるエイ。
アマモ(海中で育つ稲科の植物)の草原では海の牛とも呼ばれる「ジュゴン」が優しく草を食み、風が吹くように波に揺れる海藻の間を、鳥が飛び交うように魚が群れ泳いでいます。

 

中でも私が好きな景色は、マングローブの森です。
マングローブとは、満ち潮のときは海になり、潮がひくと陸地になる海岸線に生える
樹木の総称です。

 

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私はこのマングローブをとても尊敬しています。

 

まずは、その生い立ち。

親木からぶらさがった、先の尖った赤ちゃんマングローブの実がぽとんと海水に落ち、
ぷかぷか浮かびながら移動して、好きな場所で、まるでイカリをおろすように実の先端を砂に尽きさします。
そして、陸上の樹木が地面の下で根を広げながら空高く成長していくように、
マングローブの根も水面下で仲間同士が複雑にからみあってお互いの強度を保ちながら
海面の上に枝葉を茂らせます。

 

この自分の意思(?)で、育つ場所を決める自由な生き方と、
助け合う仲間意識が大好きです(^^)

 

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さらに、その働きがまた素晴らしい。

陸上から海へ流れる水を浄化し、その根で海岸線が崩れるのを防ぎつつ津波など海で起こる災害から陸地を守る、まさにスーパーヒーローであるのみならず、
母なる揺りかごの役目も果たすのです。

 

小さな生き物は迷路のように入り組んだ根を隠れ家にし、魚たちはそこで卵を生みます。
さらに、陸地から流れる森の養分が根元に溜まり、海の生き物はそれを糧に育ちます。

もちろん、マングローブの実や花は鳥や虫たちなど大地の生き物をも育てます。

 

こうして海と大地をつなぐマングローブの森。

 

母なる地球は呼吸を続けていて、
それにともなう気候変動で海岸線の形や位置はこの先も変わっていくでしょう。

 

そんななか、遠い海に立ち続けるマングローブが、
急激な変化によるダメージを和らげるクッションとなり、私たちを守り続けてくれている

ことをいつも感じていたいと思います。

 

そして、もし私たち人間が地球の変化を破壊的なほどに早めているとしたら、

なんとか、本来の地球の呼吸のリズムに寄り添って生きていく努力をしたいなと思います。

 

 

マングローブに恋する
映像作家

 

sanngo

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